絶筆 表情に安らぎ
随筆集「踊り候え」(1989年、風来舎)の中で、鴨居は、「人間の心における暗い面、弱い面といったところに興味をひかれる」と述べる。自作については「かたちを借りるだけで、私の中でつくりあげた人間なんですよ。つまり私の自画像のようなものです」と明かしている。
人間に興味があり、ほとんど人物画しか描かなかった鴨居だが、建物を描いた作品「教会」が残されている。窓もない教会は宙に浮き、地上に十字形の影が伸びる。ひときわ高く天に突きだした鐘楼らしい部分には、気づかないほど小さな十字架が立っている。
「踊り候え」で、鴨居はこう振り返る。「『神』を持っている人は楽だし、幸福ですが、持っていない人間はというと、自分しか頼るものはない。そこから『神』とは存在するのだろうかという問いかけが生まれてくる。フランスではさがしたけれど、いなかったという答えがかえってきただけです」