≪傷痕が勲章のように照らされていた≫
その日は1年に1度あるかないかという、絶好のチャンスだった。前日の午後、知床連峰からの出し風で大波が立ち、激しい水しぶきをあげて帰港した。幸い昼すぎに波は収まり、空は快晴。沖に出ると、澄んだ空気のかなたで、山の新緑と残雪が鮮やかなコントラストを描いている。
初夏の羅臼沖には多数のシャチが集まるが、この日現れた30頭ほどの中に、とてもフレンドリーな一群がいた。2頭の母子はじゃれ合い、他のシャチも船を嫌うことなく並走している。そして時折、白い噴気が船にかかるほど接近しては、その巨体で乗客を驚かせた。いつか来る。僕は浮き沈みする背びれに目をこらし、ひたすら船尾にシャチが寄る時を待った。
知床が世界自然遺産に登録されて今年で10年。ちょうど登録の年からウオッチング船の運航が始まり、羅臼沖では約350頭ものシャチの個体識別が進んでいる。毎年その何割かの群れがこの海域に入ってくるが、どんな家族構成なのか、姿を見せない群れはどうしているのかなど、まだまだ謎は多い。