そして観察や撮影は、海とシャチのご機嫌次第だ。波が立てば船は欠航。夏は根室海峡特有の海霧で視界が効かないことも多い。天気に恵まれても、国後島との間の日露中間ラインの内側に姿を現してくれなければ手も足もでない。また大きな雄は大抵、船から距離を取る。
だから撮影では船を警戒せず、むしろ好奇心を持つような群れとの出合いが大前提。僕はシャチが水中を自由に泳ぐ姿を何とか写したいと機会を狙っていた。だがつれなく素通りされたり、不意を突かれて千載一遇の機会を見逃したり、あろうことか撮影したカメラを引き上げる際に海中に落としたりと、もう何年も歯がゆい思いを抱きながら海に出ていた。
チャンスはいつも唐突に訪れる。後方にいたシャチの群れがスピードを落とさず船尾に向かってきた。あたふたとデッキに降りると、丸く輝くシャチの頭や、いくつかの背びれが波を切ってぐんぐん近づいてくる。ここぞとカメラを水中に差し込み、祈るような気持ちでシャッターを切った。するとどうだろう。その群れは素通りせず、1頭のシャチは僕の足元でうろうろ泳ぎながら、興味津々という感じでカメラをのぞき込むではないか。そして近くにいたシャチが突然、前述のスパイホップで浮上し、僕と対峙(たいじ)したのだった。