「普遍」の理解
パリに居ると、私にとって永遠のテーマのひとつである「普遍」についても重要な知見を得ることができる。例えばパリでは、建築物はできうる限り保護され街並みを支配している。この時普遍なのは建築物ではなく、それを理解し許容する人々の意識のありようなのではないだろうか。これは、地位や技術力だけでは生み出すことはできない。その物事に関わった人々の強い思いと高い目的意識が伴っていなければならない。そして、受け入れる側にも広い心持ちと姿勢が求められる。幸い、日本でもこうした普遍にはたくさん出合うことができる。文化的なモノゴトに触れることができる私たちは幸運だ。時代を越えてきたその本質的な魅力を“古き”だとすれば、それを知ることは未来に通ずる。こうして、伝承はあらたな革新をもって伝統となり、作り手と使い手が双方の価値観でもって次の時代へと継いでいく。