【BOOKWARE】
升田幸三(ますだ・こうぞう)は故郷の広島を出奔するときすでに「名人に香車を引いて勝つ」と心に決めていた。昭和7年の13歳のときだ。大阪に入って木見金治郎(きみ・きんじろう)9段の書生となり、腕を磨いたが定跡をおぼえない若造だった。のちに「升田の新手一生」と言われたように、何がなんでも新手を工夫して局面を打開するのが、最初から好きだったのだ。
当時、棋界に君臨していたのは名人の関根金次郎であったが、もう老いていた。そこで関根門下の土居市太郎が実力名人とされていた。土居はカリエスで足が曲がらなかったが、めっぽう強く、大阪の強者でのちに「吹けば飛ぶような将棋の駒に」と演歌に歌われた阪田三吉(さんきち)との対戦では、問題なくこれを退けた。升田は土居と対戦するにはまだ若すぎた。升田は新たな名人の木村義雄に挑むことになる。