寝台車に戻って、自分のベッドからの撮影を続ける。太陽が昇るにつれ、風景の中に緑の鮮やかさが増してきた。
車掌が「パスポートを持ってホームに降りてください」と回ってきたのは、午前10時過ぎだった。列車は国境手前のパダンブサールという駅に到着。駅舎がイミグレーション(入国審査場)になっていて、ここでマレーシアからの出国とタイへの入国手続きを同時に行う。私はちゃんと靴を履いて降りたが、カメラマンは撮影の途中で声がかかり、慌てて出てきたのだろう。成田からの機内で支給されたスリッパを履いていた。審査の列に並ぶ人たちが、彼の足元にチラチラと視線を送る。
「ここを出れば、国境を越えて間もなく終点です。もう少しの辛抱ですよ」
駅員にそう声をかけられ、われに返った。少し疲れた顔をしていたのだろうか。
「辛抱なんてとんでもない。快適な旅を楽しんでいますよ」
私は駅員にそう笑顔を返し、タイ時間に合わせて腕時計の長針をひと回り巻き戻した。(文:作家、航空ジャーナリスト 秋本俊二/撮影:フォトグラファー 倉谷清文/SANKEI EXPRESS)