景色と気配で巧みに
けれども考えてみればこの作者にはそもそもそうした気配が濃厚にあって、個人の根源のところまで遡って見る景色を気配として、気配を景色として描いて巧みだった。にもかかわらず驚いたのは、これまで読み狂人が読んだこの作者の作品は、人の心のなかをそのままあらしめるため、特殊な設定、異類・異形の視点などを必要として、それが右に言ったような所謂文学とは逆の方向にぶっ飛んで普通の人から遠かったのが、ぐいっ、と一歩、普通の日々に踏み込んできたようなところがあったからだと読み狂人は、ルッ、思った。
悔悟。と言って悔恨と言う。その生真面目な基本のトーンが。心が伝統芸を超えて花や色に繋がって双方がパラメトリックに動いていくことが。どれもよくて読み狂人は中学生になって爆発したわ。多分間違ってる腰蓑つけて踊ったわ。(元パンクロッカーの作家 町田康、写真も/SANKEI EXPRESS)