【BOOKWARE】
この話を聞いたときは腰を抜かした。元(げん)さんはこつこつと20年をかけて『仏教語大辞典』を一人で執筆した。ところが某出版社がこの原稿をこともあろうに紛失してしまった。元さんは「怒ったって原稿がみつかるわけでもないね」と言って、翌年から8年をかけて45000項目を書き直したというのだ。
親しみをこめてついつい元さんと書かせてもらったけれど、もちろん超偉大なる中村元(はじめ)博士である。サンスクリット語とパーリー語に精通し、古代インド哲学と仏教学を縦横無尽に行き来した。原始仏典を原典から翻訳し、ブッダと向きあった。日本で最初の比較思想学の確立者としては、東西の哲学と思想と文化を自在に解説した。昭和45年に「中村元東方研究所」を設立し、誰もが「東方の知」に親しめる東方学院もつくって、平成11年86歳で亡くなった。こんな人、もう出てこない。松江の人だ。