東大でも研究所でも、いつも本を抱えて歩いていた。その後ろ姿は行商人のように見えたと同輩や後輩たちが言っている。赤ん坊が生まれたとき、夫人からあやすように頼まれたが、ただ腕に抱えるだけであとは本を読んでいたので、ときどき赤ん坊が落っこちていたと洛子夫人が言っている。万巻の書物を制覇した碩学(せきがく)だったけれど、生活の知恵と技はまったくなく、電球さえ交換できなかった。こうじゃなきゃブッダと原始仏典とは向き合えない。
元さんの豊饒な学殖は春秋社の「中村元選集」全32巻別巻8冊に集大成されている。その1~4巻が「東洋人の思惟方法」だ。ぼくが早稲田時代に最初に読んだのがこの4冊だった。普遍者を注視するあまり秩序を軽視するインド人、個物と過去の事実に固執する天人相与の中国人、人間を超えたものの多様性を考えずに特定個人に絶対帰投する日本人、という比較がゆるぎないものだった。この比較思想こそ、その後の研究の原器となっている。