新国立競技場の財源負担について合意し、笑顔で握手する(左から)馳浩(はせ・ひろし)文部科学相、舛添(ますぞえ)要一東京都知事、遠藤利明五輪相=2015年12月1日午前、東京都千代田区(共同)【拡大】
関連工事費加え432億円
都負担がこじれたきっかけは16年夏季五輪招致に失敗した石原慎太郎知事時代に遡(さかのぼ)る。当時、メーンスタジアムは都が建設する計画で、総工費1000億円を国と「500億円」ずつ折半する合意があったとされる。
5月に舛添知事に500億円の負担を要請した下村博文(しもむら・はくぶん)前文部科学相は、都議会幹部から了承を得ていると主張した。ある都議は「自分の知らないところで話が進んだのが相当気に入らなかったのだろう」と話す。舛添氏は猛反発し、要請を拒否。「(支出できるのは)せいぜい50億円程度」とぶちまけた。
舛添氏は新たな整備計画に基づく国との協議で態度を軟化させたが、負担軽減を勝ち取らないと示しがつかない立場にあった。国側を仕切る遠藤利明五輪相と水面下で協議を重ね、双方が受け入れ可能なラインを探った。「395億円」は総工費に設計など関連経費も加え、分担の対象となる「土俵」を作った上で、国直轄の公共工事に準じて都の負担をはじいた数字だ。400億円を切った“成果”として舛添氏が強調できる。