日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=2013年10月29日、千葉県内(野村成次撮影)【拡大】
日蓮聖人は「海上で船に乗っているとき、その船に小さな穴が開いて少しずつ水が入り込めば船は沈み、しまいには船中の人々は溺れ死んでしまう。また田のあぜが堅固であってもアリの穴が一つ開いているだけで田に入れた水はしまいには無くなってしまう」と、小さなことでも最終的には取り返しのつかないことが待ち受けているものだと仰せになっています。
汚れたおけ
次のような説話があります。お釈迦様には出家以前にもうけたラーフラという子供がありました。ラーフラは父のもとで修行をしていましたが時々嘘をつく悪い心を持っていたのです。ある日、お釈迦様はラーフラのもとへ行きました。ラーフラが父の足をおけの水で洗っていたとき「ラーフラよ。その水をお前は飲み水として使うだろうか」と尋ねられました。ラーフラは「いいえ。汚れているので使いません」と水を捨てました。お釈迦様はそのおけを受け取ると下に落として割り「お前はこのおけが壊れたことをどう思うか」と尋ねました。ラーフラは「どうせ足を洗う汚れたおけですから何とも思いません」と答えました。お釈迦様は「そうであろう。誰も汚れたおけが壊れても気にも止めない。それは人間も同じだ。