東西教会トップ会談
<1054年、キリスト教教会は、東西の教会に分裂している。カトリック教会とロシア正教会の両最高指導者の出会いは、初めてのことであり、両教会の関係発展において大きな意味を持つものとなる。/第2バチカン公会議と、1964年の教皇パウロ6世とコンスタンティノポリ総主教のアテナゴラスによる歴史的会談後、「1054年の相互破門の解消」が行われたことで、カトリック教会と正教会の関係再構築の歩みが徐々に始まった。/しかし、カトリック教会とコンスタンティノポリ総主教庁や他の多くの正教会との対話が進む中で、モスクワ総主教庁との関係は停滞がちであった。/教皇ヨハネ・パウロ2世は当時のモスクワ総主教アレクシイ2世との会見を試みるも、特にウクライナにおける正教会と東方典礼カトリック教会(帰一教会)の問題もあり、その願いは実現しなかった。>(前掲「ヴァチカン放送局」日本語版ウエブサイト)