≪岩手県大船渡市 新山陽日(はるか)さん(11)≫
「あの日のことはちゃんと覚えています。保育園の遠足でした。大船渡駅から電車に乗りました。電車に乗るのは2度目です。電車の窓からは海や家が見えました。おさかなセンターで、サケの切り身をお土産に買ってから保育園に戻り、お昼寝中にあの地震が来ました。もっと高いところにある小学校へと避難しました。そのとき、屋根が流されているのを見ました。津波は来るものだといつもおばあちゃんから聞いていたから、そんなに怖くはなかった。大好きだった大船渡の町が元に戻ってほしいです」
≪福島市 森山寿子さん(40代)≫
「原発事故直後の2011年5月から8月まで約3カ月間、大阪府高槻市の妹の家に、夫を残して避難しました。当時は情報が不足していて放射線に対する不安があり、食品や外出に気を使いました。今は普段通りの生活をしていますが、以前より人通りが少ない気がします」