絹の覆いに囲まれたご神体を見守る特別奉拝者たち=10月5日午後、三重県伊勢市の伊勢神宮外宮(代表撮影)【拡大】
伊勢神宮の合理的な立地
ところで、伊勢の地は地理的に神話の舞台や政治の中心から外れた場所に見えますが、実際は大和地方から宮川伝いに下れば自然にこの地へ出られるし、伊勢から船に乗れば、簡単に東国三河に行けるという地理的な有利さを秘めていたようです。つまり伊勢は、畿内から東日本へ出る門戸であり、航海の出口だったといえ、そこに神様を祀っておけば、東日本と近畿・大和の中間点として機能し、大和朝廷の安全性も高まった-というのが真相ではなかったでしょうか。
伊勢神宮は皇室の祖先神である天照大御神を祀っておりますが、神話によれば日本武尊が熊襲征伐で西へ向かうときも、その後の東国遠征のときも、まず伊勢神宮へ赴いております。当時の東国は農耕文化の普及も遅く、ここは戦略的・軍事的拠点でもあったと考えられます。言わずもがな、天照大神は「農業生産神」であり、日本武尊の説話こそ、農業技術の伝習や農地開墾による治安平定は大和朝廷の勢力拡張物語であったことと符合します。