首相靖国参拝、何が“外交問題”なの? 日本が進むべき道は「富徳強心」 (4/9ページ)

2014.1.12 12:00

靖国神社を参拝した安倍晋三首相=26日、東京都千代田区の靖国神社(寺河内美奈撮影)■■キャプション■■【統合DB再出力:G20131226TTT0700060G10000001】靖国神社に参拝した安倍晋三首相(中央)=平成25年12月26日、東京都千代田区の靖国神社(寺河内美奈撮影)

靖国神社を参拝した安倍晋三首相=26日、東京都千代田区の靖国神社(寺河内美奈撮影)■■キャプション■■【統合DB再出力:G20131226TTT0700060G10000001】靖国神社に参拝した安倍晋三首相(中央)=平成25年12月26日、東京都千代田区の靖国神社(寺河内美奈撮影)【拡大】

 開国日本のお手本は、当時最強の産業力と海軍力をバックに政治外交でも世界のリーダーシップを発揮していた「パックスブリタニカ」こと英国にありました。その英国との同盟関係のおかげで、日本は日露戦争に勝利し、第一次世界大戦後、世界の5大国として国際社会に堂々の仲間入りを果たし、近代日本の礎石築いたのでした。

 政治的外交的未熟さ露呈した日本

 ところが、ここで日本は政治的外交的未熟さを露呈してしまいました。その第一歩を踏み出したのは、ベルサイユ講和会議の首席全権・西園寺公望で、日本は国際新秩序に取り残されてしまいます。それから数年を経ずして同盟を失い、その後は坂道を転がるように、英米仏蘭など国際主流派の支持を失い、10年を経ずして首席全権・松岡洋右が国際連盟脱退と反主流派の日独伊三国同盟を結んで…と亡国の危機へと道を誤っていきます。

 この間、マスコミや国民も「国際音痴で付和雷同する衆愚日本」を露呈する誤を犯してしまったようで、あとは帝国主義的な軍事政権主導のアジア進出が、国際政治外交的にも、資源貿易的にも日本を追い詰めていき、その末に、第二次大戦突入へと暴走してしまったわけです。

戦後日本の最大の過ちは…

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