靖国神社を参拝した安倍晋三首相=26日、東京都千代田区の靖国神社(寺河内美奈撮影)■■キャプション■■【統合DB再出力:G20131226TTT0700060G10000001】靖国神社に参拝した安倍晋三首相(中央)=平成25年12月26日、東京都千代田区の靖国神社(寺河内美奈撮影)【拡大】
なお、パール判事は「これは裁判の名を借りた復讐であり、占領政策のプロパガンダにすぎない。十分な法的根拠もないのに25人という多くの被告を処刑する(全員有罪、文人まで含む内7人もが死刑判決)は20世紀文明の恥辱である。時が熱狂と偏見を和らげたとき、また理性が虚偽から仮面を剥ぎ取った時、正義の女神が過去の賞罰の所を逆転させることを求めるであろう」と後世の再審を予言する名句を残されました。
的中したパール判事の“予言”
その後の史実をひもとくと、1952年4月のサンフランシスコ講和条約で日本は独立を回復しますが、その際、「東京裁判の諸判決を受諾するが、その裁判そのものを受諾したわけではなかった」ことが明記され、同年6月参議院本会議において戦犯釈放の国会決議と4千万国民の署名を提示し、戦勝関係諸外国11カ国の賛成を得て1956年、ついに収監中だったA級戦犯全員が釈放されたのでした。