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父に仕込まれた家業の誇り 酒造販売卸「豊島屋本店」当主・吉村俊之さん
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「父は私の興味関心を尊重し、我慢強く見守ってくれました」と話す吉村俊之さん(寺河内美奈撮影) 「幼い頃から『家業を継げ』と言われたことはありません。進路や就職についても私の興味、関心を尊重し、何も言わず、我慢強くじっと見守ってくれたことに感謝しています」
創業は慶長元(1596)年で、約400年の歴史を持つ酒造販売卸会社「豊島屋本店」(東京都千代田区)の16代当主、吉村俊之さん(54)は15代の父、吉村隆之さん(84)について、こう話す。
俊之さんが家業に入ったのは41歳。その後は口伝の家訓である「お客さま第一、信用第一」を事あるごとに伝えられた。隆之さんは「表情が硬い。もっと笑顔を見せなさい」「杓子(しゃくし)定規ではなく、もっと柔軟に」などのアドバイスをする一方、俊之さんに微発泡生酒や純米吟醸酒、酒かすようかんなど新商品の開発を次々に任せた。
「細かい部分での議論はありますが、大きな方針は一致している。家庭でも会社でも声を荒らげたことのない穏やかな父です」
2人はともに企業の研究職からの転身で、老舗の経営者としては異色の経歴だ。隆之さんも41歳で13代目の伯父(隆之さんの父の義兄)から強い要請を受け、葛藤の末、転身した。
俊之さんもよく似たコースを歩む。大学院で物理を学び、専攻を生かそうと、「一生、骨を埋めるつもり」で日立製作所に入社。中央研究所で電子線を用いた半導体の超微細加工技術や半導体メモリーなどの基礎研究に従事し、やりがいを感じていた。
しかし、30代後半になり、家業を継ぐ決心をする。「特別な出来事や、きっかけはなかったと思う。ただ、父の期待を感じ、自然と継承を受け入れた」
振り返ると、関西地方から12歳で東京都内に引っ越した後、東京・東村山にある酒蔵「豊島屋酒造」にも度々連れて行かれ、酒造りの苦労を知った。江戸時代の発祥の歴史や豊島屋中興の祖である曽祖父(12代、吉村政次郎さん)の話も折に触れて父から聞いていた。
「豊島屋は明治維新で武家や大名からの取り立てができなくなり、倒産の危機に貧し、関東大震災と空襲で社屋も失いました。3度潰れかけても必死に家業を守った先人の努力を思うと、続けることそのものに重みを感じた」
家業に誇りを持ち、自分とは分かち切れない大切な存在になるよう昔から父に仕込まれていたのかもしれない、と思うこともある。
豊島屋の白酒は江戸時代の製法で今も造り続け、ひな祭りの風物詩だ。明治時代に生まれた清酒「金婚正宗」は明治神宮、神田明神、日枝神社に奉納を続ける。明治神宮には「金婚正宗」のたるが並び、元日には神宮参集殿で開かれる新年会で振る舞われる。この伝統は自分が命がけで守り、次代につなげないと失われてしまうのかもしれないという危機感が常にある。
「父は言葉に出さなくても背中で家業の重みを伝えてくれた。先人の苦労と比べると、今の自分は平穏に家業を営ませていただいている。常に気持ちを引き締め、守るべきもの(不易)はかたくなに守り、変えるべきもの(流行)は大胆に変えるという『不易流行』の教えを実行していきたい」(村島有紀)
受け継いだ行動指針「不易流行」を胸に前に進んで参ります。静かに見守っていただき、誠にありがとうございます。
よしむら・たかゆき 昭和4年、東京都生まれ。慶応義塾大卒。近江絹糸紡績(現オーミケンシ)に入社し、高分子材料ビスコースの研究に従事。京都大工学博士。46年に豊島屋本店に入社し、55年から同社社長、平成18年から会長。昨年、20年以上かけて集めた資料を基に江戸からの歴史をつづった社史『江戸の草分 豊島屋』を発行した。
よしむら・としゆき 昭和34年、大阪府生まれ。60年、京都大大学院修了後、日立製作所入社。京都大工学博士。米国系コンサルティング会社を経て、平成13年に豊島屋本店に入社。18年から社長。