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【奥多摩だより】日食供養塔(東京都奥多摩町)

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【奥多摩だより】日食供養塔(東京都奥多摩町)

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日食供養塔=2014年8月3日、東京都西多摩郡奥多摩町(野村成次撮影)  金環日食が東京でも観測されたのは、2012(平成24)年5月21日の朝のことだ。この機会を逃せば、生きてそれを見ることもないかと、小生も喜んで取材に参加した。前夜から出社して、六本木ヒルズの屋上でその瞬間をバッチリ撮影できた。雲が広がるのが心配されたが神様は優しくほほ笑んで、美しい光のリングの出現だ。出勤途中の多くの人も、その神秘的な現象を楽しんだ。それからもう2年が過ぎた。

 日食は古代には凶事として恐れられた。世の中を明るく照らし、生命の根源でもある太陽が突然欠けていく。とんでもない天変だっただろう。その時代に生きたならば、小生なんぞ恐怖に震え、布団を被って神仏に許しを乞い続けたかもしれない。現代の六本木ヒルズの屋上では、金環が完成する瞬間には、カウントダウンの大合唱のお祭りだった。

 東京都奥多摩町の奥多摩湖。ダム近くの「水と緑のふれあい館」の周囲には、ダム建設で水没した旧小河内村の石碑や石仏が移設されている。その中に、寛政11(1799)年と刻まれた「日食供養塔」がある。元々は奥多摩の寺にあったものだが、どのような経緯で造られたかは不明だ。上部に丸い輪が刻まれているのは、太陽を意味するのだろう。

 その1799年に日食はなかったが、1786年には最大食分が98%、1795年には83%の日食が奥多摩でも観測されていた。そして供養塔が造られた翌年には92%の日食があった。そのころには多少の予測ができていた。金環や皆既はなかったが、15年ほどで6回の日食が見られたのは、結構なペースだ。過去の日食を供養したものか、翌年の日食に祈りをささげたものか、記録は残っていない。しかし天文現象に畏怖し、敬意を表する奥多摩の村人の気持ちが、この供養塔を造らせたのだろう。

 さて、次に日本で見られる金環日食は、2030年6月に北海道で。2035年には北関東で皆既日食だ。それまで死なないぞ!(野村成次、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■のむら・せいじ 1951(昭和26)年生まれ。産経新聞東京、大阪の写真部長、臨海支局長を経て写真報道局。休日はカメラを持って、奥多摩などの多摩川水系を散策している。

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