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人を励まし勇気づける言葉を 鈴木日宣

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人を励まし勇気づける言葉を 鈴木日宣

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日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=2014年4月2日、千葉県内(伴龍二撮影)  【尼さんの徒然説法】

 いくぶん涼しくなった風がさらりと頬をなでていきます。空もだんだんと高くなり、秋の気配がそこかしこに感じられる季節になりました。土の上にたくさん落ちている蝉(せみ)の抜け殻がなんだか寂しく思われるのも「秋」のせいだからなのでしょうか。

 発言は取り消せない

 近年、LINEやブログなどの書き込みによる事件などが多くなりました。言ってはならないことを簡単に口にしたり悪感情のまま書き込めば、人を傷つけ怒らせるものです。それが原因で殺傷事件などが引き起こされることもあるのです。私たちは人間として「言葉」を大切に使わなくてはいけません。それなのになぜもっと言葉を大事に使わないのだろうか、なぜ「この言葉は相手の心を傷つけるかもしれない」ということを考えられないのだろうかと、とても残念に思います。

 「物言えば唇(くちびる)寒し秋の風(うっかりものを言ったことが原因で寒々しい思いをする)」。これは芭蕉の俳句です。また明治天皇は「しのびてもあるべきときにともすれば あやまつものは心なりけり(人は耐え忍ばねばならないときに辛抱しきれず軽はずみな言動をし、取り返しのつかない失敗をするもの。みな自分の修養が足らないからである)」という御歌を詠(よ)まれています。「なぜあんなことを言ってしまったんだろう」と後悔したことが誰にもあると思います。悔やんでも一度口から出た言葉は元には戻せません。日蓮聖人は「災いは口より出て身を破る。幸いは心より出て我(われ)を飾る」と、言葉には十二分に気をつけ、心を磨くことが自分の幸いにつながると教えてくださっています。

 相手思えば自然に

 「人を罵(ののし)る、けなす、侮辱する、汚い言葉で怒鳴ること」を仏教では「悪口(あっく)」といい、人間が犯しやすい上にとても重い罪です。「どんなに怒りの心があったとしても、乱暴な言葉は絶対に使ってはならない。決して言ってはならない言葉もある。言葉は選んで使いなさい」と師匠より教わって参りました。

 私たち僧尼の修行の中に「布施行」があり、その中でも「法の話をする」という最も大切な修行があります。優しく言葉をかけたり、悩みや苦しみの心を救うお話をすることも同じ布施行です。つまり人の心を穏やかにする言葉に心がけ、傷つける言葉は絶対に使わないということ。どんな人もそうした生活を送ることが大切です。

 私たちが日常的に使っている日本語は他国の言語に比べとても語彙(ごい)が豊富です。例えば「感動する」という言葉にも「感銘をうける・感極まる・琴線に触れる・心にしみる」などの表現もあります。日本人の精神文化の高さ、心の豊かさが表現力をより一層奥深いものにしてきたのでしょう。人は思いやりや感謝の心を持てば、相手の心を優しくしたり温かくしたり、悦(よろこ)びでいっぱいにする言葉を自然と発することができるはずです。日本語には素晴らしい言葉がたくさんあるのに使わないのはとても勿体(もったい)ない気がいたします。

 言葉は使い方によって相手の心を善にも悪にもいたします。悪口を犯さず、人を励まし勇気づける言葉を使うことです。温(ぬく)もりのある言葉をもって支え合い励まし合うことこそ、真の人間同士の姿ではないでしょうか。

 ≪法話から倫理道徳学び心豊かに≫

 「欧米のキリスト教国では知識は学校。生活態度(躾(しつけ))は家庭。倫理道徳は教会と役割分担している」と師匠から伺いました。考えてみるに戦前の日本でも同じように役割がきちんと分担されていたと思います。家庭内では忍耐を始め礼儀などの徹底した躾を。学校では勉強および社会に対する心構えを。そして寺院では善を行い悪を止めるという倫理道徳を。こうした教育により戦前の日本の精神文化は世界でもトップクラスだったのです。

 しかし現在はどうでしょう。挨拶や「ありがとう」を言えない子供や、人に迷惑をかけ公共物を破損しても平気でいる若者。また上司に少し叱られただけで会社を簡単に辞めてしまう社会人がいます。多くは家庭内できちんとした躾がなされず、悪いことをしても親に叱られずに育ってきたことが原因だと思われます。

 家庭や学校での役割をもう一度見直していただきたいと思うと同時に、欧米の教会に代わるべき寺院は葬儀や法事ばかりでなく、法話から倫理道徳を教える場を積極的に持つべきだと思います。たとえ躾をされ知識があっても、五常五戒などの倫理道徳を知らなければ動物となんら変わりません。仏教説話には悪を戒め正しい心を持つためのお話がたくさんあります。皆さまも機会があれば法話を聞き、心の宝を増やしていただきたいと思います。(尼僧 鈴木日宣(にっせん)/撮影:伴龍二/SANKEI EXPRESS

 ■すずき・にっせん 1961(昭和36)年6月、東京都板橋区生まれ。音楽が好きで中学では吹奏楽部に入りクラリネットを担当。高校生の時、豊島区吹奏楽団に入団。音楽仲間とともに青春時代を過ごす。

 7年間社会人を経験したあと内田日正氏を師として26歳で出家。日蓮宗系の尼僧となる。現在は千葉県にある寺院に在住し、人間界と自然界の間に身をおきながら修行中。

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