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熟練の92歳 日本人の郷愁表現 はり絵画家 内田正泰さん

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熟練の92歳 日本人の郷愁表現 はり絵画家 内田正泰さん

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【内田正泰展】「また来ようネ」(1998年、提供写真)  【アートクルーズ】

 作業台に立つと、傍らの白い洋紙をおもむろに引きちぎり始めた。ハサミは一切使わずに思い思いの形に切っていく。その指先の動きを見ているととても92歳とは思えない。引きちぎった紙を台紙に貼りつけてアッという間に犬の横顔を完成させ、ニッコリとした。

 横浜市旭区に住む内田正泰(まさやす)さんは、半世紀以上のキャリアを誇る現役のはり絵画家だ。これまでに制作した作品は、販売して手元にないものも含めると800点を超える。入道雲を背景に虫取り網を持つ2人の子供や、鮮やかに紅葉した森にたなびく炭焼き小屋の煙、朝焼けに染まった港を出航する船など。いずれも日本人の心に触れ、どこか郷愁を抱く作品ばかり。細部にわたって表現された作品は、紙を貼って作ったとは思えない。

 北海道から沖縄まで訪れて自らの目で見た風景や、幼い頃の思い出、心象風景などをモチーフに作品を制作する。

 風景はその場でスケッチはせず、「ハートで見てきて、帰ってからその思いをはき出す」のが内田流。「これは日本人だなあと思われるものを作りたい」と話す。

 一般的なちぎり絵は和紙を使うことが多いが、内田さんはあえて洋紙を使う。和紙をちぎると輪郭が柔らかくなるが、繊維の方向が決まっている洋紙をちぎるとある程度シャープにちぎれるという。細か過ぎてちぎれない箇所だけカッターナイフを使うという。

 数週間から1カ月ほどかけて1点を仕上げ、今も毎年数十点のペースで制作する。毎朝5時に起床し、まもなく制作を開始し、日が暮れる頃にはその日の仕事を終えるという規則正しい生活を送る。

 ≪デザイナー転身 自己流で世界確立≫

 4人きょうだいの末っ子に生まれた「ウッちゃん」は小学6年のとき、美術が不得意な担任教諭に代わって同級生に絵を教えるほど絵が得意だった。

 横浜高等工業学校(現横浜国立大学)建築学科に進み、フランス建築を専攻。1943年に卒業したが、時代が戦争へと大きくかじを切ったため海軍航空隊に入隊した。しかし、上官から向いていないと辞めさせられ、間もなく終戦を迎えた。

 31歳で菓子メーカーのワタナベ食品(現クラシエフーズ)に入社。会社のロゴマークのデザインが課題となった入社試験では、わずか1時間で約40も描きまくった。ワタナベ食品ではお菓子のパッケージデザインを手掛けたり、PRの仕事に従事。

 しかし、毎月一定の給料を手にするサラリーマン生活に飽きたらず、自分の力次第でいくらでも稼ぐことのできるフリーのデザイナーに転身。「アド・アートデザイン研究所」というグラフィックデザインの会社を設立した。食品メーカー「永谷園」の即席みそ汁「あさげ」と「ゆうげ」のパッケージのはり絵と文字デザインや、横浜の老舗洋菓子店「かをり」の包装紙などを手掛けた。

 そんな内田さんがはり絵に本格的に取り組むようになったのは60年、横浜市から依頼された成人向けの「カルチャースクール」の講師を引き受けてから。仕事帰りのサラリーマンやOLに講義をしたが、色彩とデザインについて説明しても受講生にはぴんと来ない。そこで、目の前にあった新聞紙を破いて切り口を見せながら説明したところ、わかりやすいと評判に。それ以降本業のデザインの仕事の傍ら、はり絵の研究に没頭していったという。

 まったくの自己流から始め、思い通りの形にちぎれるまでに約10年の年月がかかった。枯れ葉色を表現するために線香で紙を焼いて色を出すなど試行錯誤の末、独自の世界を切り開いた。「突き上げてくるものがあって、いきなりダーッと作品ができる。芸術はそういうもの」と内田さんは話す。また、「全力投球なので(作品は)すべて気に入っている」とも。

 日本の現代版画の普及に尽力した美術評論家の魚津章夫さん(73)は「内田さんは日本一のはり絵画家」という。魚津さんの強力な後押しで1994年、「四季の詩 内田正泰画集」を刊行。それを記念して八重洲ブックセンター(東京都中央区)で初めてまとまった数のはり絵作品を集めた個展を開催した。魚津さんは「長い苦闘の末に編み出した独創的な手法で日本人の感性でしか表現できないもの」と手放しの賛辞を贈る。(田中幸美(さちみ)、写真も/SANKEI EXPRESS

 【ガイド】

 内田正泰さんは9月24日(水)~10月7日(火)、神奈川県横浜市西区南幸1の6の31「横浜高島屋」5階ローズパティオで「内田正泰展」を開催する。新作を含め25点を展示販売する。午前10時~午後8時(7日は午後7時まで)、入場無料。問い合わせは、(電)045・311・5111横浜高島屋まで。

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