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ぼくの長い髪には死んだ姉さんがいる 土方巽の暗黒舞踏は、言葉のダンスにも裏打ちされていた 松岡正剛

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ぼくの長い髪には死んだ姉さんがいる 土方巽の暗黒舞踏は、言葉のダンスにも裏打ちされていた 松岡正剛

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【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 秋田生まれの土方巽(ひじかた・たつみ)が日本の踊りと世界のダンスを底抜けするほど変えた。「暗黒舞踏」とか「東北歌舞伎」と銘打たれたけれど、そこには当時の三島由紀夫や澁澤龍彦らの知性をまるごと痺れさせる言葉によるイメージが、驚くべき言い回しで彫琢(ちょうたく)されていた。

 以下には、土方自身が書いた文章や喋った言葉だけで、この前代未聞の異能ダンサーの一端を紹介したい。諸君、自分と自分の仕事を語るときは、こうでなくてはなるまい!

 「私は埃と手拭いの臭いのする母親の肩にさわり、もじゃもじゃの眉を指でいじってヤカンの音を聞いていた」。「私は魚の目玉に指を通したり、ゴムの鳩を抱いた少女に言い寄ったりして、それからそれへと生きてきたが、いつも実のところ脈をとられているような気分で発育してきたのだ」。

 「さあ、早く嘘をつけと言われているような私の体に、漆の汁がついていたわけですね」。「五体が満足でありながら、しかも、不具者でありたい、いっそのこと俺は不具者に生まれついた方がよかったのだと、という願いを持つようになりますと、ようやく舞踏の第一歩が始まります」。

 「私は髪や体のなかに死んだ姉を住まわせているんです」。「内股には粉をはたくこと、リズムを下剤にかけること、体を拭くように抑えること」。「どんな肉もねえ、削らなければならないんですよ」。

 「人間、追いつめられれば、体だけで密談するようになるものです」。「人を泣かせるような体の入れ換えが、私達の先祖から伝わっています」。「詩でも雪でもボタボタッと降ればいい。その上を歩いている私は真っ黒な墨になる」。「やりなさい、やりなさい。胴長でなきゃだめですよ」。

 「人間は生まれたときからはぐれているんです」。「どうも生まれ落ちてから私が私であったためしがないんだね」。「だから舞踏家というのは見積りが立たないところに体を捉えないといけない」。「非常に寒いところに身を隠したいという願望が私にはあるんです」。「だって個性というのは外側にあふれているものでしょう」。

 「私は嬉しいときに踊らないことにしている」。「舞踏を成立させているものも、やはり傷という技術なのだ」。「宇宙の初夜を断層してみたい」。「それなら脱臼しなくちゃならないな」。「人間はまだ神話的秩序や歴史的な秩序、これからくる未知の秩序に、百万分の一も触れていないのですよ」。

 【KEY BOOK】「病める舞姫(限定復刻版)」(土方巽著/白水社、4320円)

 日本はむろん世界にも、こんな文芸的傑作はなく、こんな異端的な身体記憶の告白録はない。その言い回しのごくごく一部を上に紹介したけれど、その言葉はことごとく穿たれた体の細部の記憶になっていて、かつ、ピンセットで摘まれた昆虫のように知性の極みが黒光りする。もはや土方の舞踏は見ることはできないが(多少のフィルムは残っているが)、それでもしかし『病める舞姫』にはすべての土方ダンスの全身が昏倒されている。必読だ。

 【KEY BOOK】「美貌の青空」(土方巽著/筑摩書房、2800円、在庫なし)

 土方さんは1973年の『静かな家』を最後に踊らなくなって、少し体をまるめながら後進の身体表現指導にのみ徹していた。それからふいに57歳でこの世を去った。その翌年に遺文集として刊行されたのが『美貌の青空』だった。泣き泣き読んだ。もう、こんな人はゼッタイに出現しない。だからせめてその言葉の結像感覚を探ってほしい。驚くべき言語舞踏なのである。とてもアナーキーでネオバロックで、すこぶる東北的な病身美貌なのである。

 【KEY BOOK】「土方巽の方へ」(種村季弘著/河出書房新社、2800円、在庫なし)

 三島由紀夫や澁澤龍彦が種村を土方に会わせた。みんな、そんなふうにして土方の唐突な洗礼を受けていったのだ。それが60年代という時代だった。この本はそんな時代の土方巽がいかに突拍子もなく図抜けていたか、いかに百年先を走っていたかということを、種村さん独特の「知」をもって追う。大野一雄、唐十郎、石井満隆など、多くの周辺人物との密談も紹介されていて、土方巽を知らない世代には、うってつけの軍配が翻える。

 【KEY BOOK】「土方巽 絶後の身体」(稲田奈緒美著/NHK出版、3780円)

 土方巽については、あまりにも多くの断片的な証言や感想が散らかっていて、つながらない。まるで土方がそれらを鋏でちょきちょき切っているようなのだ。だからそういう誘蛾的走馬灯の中に誘導されながら断片的土方を感じるしかないといえばそうなのだが、1986年に57歳で急逝してすでに30年近くになった今、やはりその全貌を少しはつなげて感じるべきでもある。本書はその渇望を満たすには一番の一冊。たいへんよく調べた熱烈評伝になっている。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

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