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【溝への落とし物】応援対象にみる滑稽な自分 本谷有希子
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真夜中、一心不乱に水槽を眺める猫=2014年8月12日(本谷有希子さん撮影) 弱いものをつい応援したくなってしまう。
小さな頃から、ファンになるのはいつもグループで一番人気のないメンバーだったし、かわいがるぬいぐるみは猫やウサギではなく、誰からも愛されなさそうな不気味なゴリラだった。
最近、価格の安いネット家電を購入する人が増えているため、家電量販店がどんどん窮地に追い込まれていると聞く。
だから、弱いものを愛する私は、もちろん実際に頑張って売っているお店で購入する…と言いたいところだが、かつて家電店では領収書の発行にとんでもなく待たされたり、店員の邪険な態度に深く傷つけられたことがある。実は少し前までネット家電をひそかに利用していた。
あれは便利だ。実店舗で買うよりずっと安く、手続きも早い。そして、買う前に実物が見たければ実際の売り場へ出向き、さも一度帰って検討してみます、という顔つきで堂々と店を出てしまえばいい。
ところが、そろそろ新しい掃除機を購入しようと思い立ち、出掛けた先の家電店で、前々から狙っていたメーカーの新製品を試してみたときのことだ。
掃除機は期待通りの吸引力だった。たくさん説明してもらったのだから、さすがにこのまま購入してもいいかと思った私は、それでも念のためと、携帯でネットでの価格を調べてみた。案の定、まったく同じ型番のものがなんと約9000円も安い。私は店員にそういうわけで、値引きしてもらえませんかと交渉を試みた。ずうずうしいかもしれないが、さすがにいくらかはまけてもらえるだろうという下心もあったのだが…。あっさり、うちのお店はそういうことを一切していませんと断られてしまった。えっ、まさかそんなことがあるなんて…ならば、ポイント還元は?と私が聞くと、それもしていない、と申し訳なさそうに言われてしまった。そんな、個人商店でもあるまいし…。しょぼくれた末、私は思った。全国チェーンの大型家電量販店のくせに、なんたるサービスの悪さ。なんたる傲慢な経営だっ、と。
それでは、こちらがわざわざ便利なネットショッピングを諦めてまで、こうして足を運んだ苦労が何も報われないではないか。むっとした私は思わず「じゃあ、購入は考えます」と言ってしまった。こうしてまたネットに流れるお客が一人増えてしまいますが、それはあなた方の責任ですよ、いいんですねっと言わんばかりに。
だが、帰り際、父親の年ほどの店員の物悲しい目を目撃した私は、自分のあの性分―弱いものを守りたくなる精神を思い出し、はっとした。あれっ、今自分がやったことって、もしかして、ものすごく、醜いことなのかしら。ネットの価格は、この人たちの仕事とは本当は、関係ない話なのかしら…?
以来、心を入れ替え、家電はまた直接お店で買うようになった。そして、周りにもそうするようにそれとなく促し始めた。みんな、がんばってるお店を応援しよう。実際に足を運ぶことの大事さだとか、自分の得ばかり考えないことの気持ちよさだとか、生身の人間の絆がこれからの社会でどんどん必要になっていくだとか、家電店を支える理由はいくらでも見つかった。
だが、ある日、私はまたまた大事なことに気づいてしまう。よく考えてみると、細々頑張っている個人商店を潰したのは大型家電量販店、まさしくあいつらなのだった。あいつらもネット家電が出てきたから、弱い立場になっただけで、どう考えても、因果応報、自業自得なのだった…!
複雑な気持ちだが、またネットで家電を買うべきだとは思わない。ここは直に買う大切さを守るべきだと思う。しかし、もしもこの先、ネットよりもさらに人間性が希薄になる、快適で便利なものが現れたとき、私はどうするのだろう? 今の家電店を応援するのとまったく同じ気持ちで、「ネット家電頑張れ!」「ネット頑張れ!」と肩入れしてしまうのではないか。
そう考えると、もはや家電販売の未来というより、そんな滑稽な性分を持った自分のほうが、より心配だ。将来、自分が何を応援しているか、分かったもんじゃない。(劇作家、演出家、小説家 本谷有希子/SANKEI EXPRESS)