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【パリの中庭】体感への欲求 丸若裕俊
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優れた切れ味と普遍的な価値を兼ね揃えた、洗練された暮らしを提供する逸品SABURO“Element”。トーヨーキッチンスタイルより12月発売(提供写真) 私たちの周りに存在する「モノ」は、何か目的を達成するための道具であるという主要素とは別に、人と人を結ぶために働きかけるという機能を併せ持っている。現代における生活のスタイルがいかに多様性に富んでいるとはいえ、他者とコミュニケーションしたいと思う気持ちは本質的に変化しない。むしろ、そうした願望はますます高まっている。だからこそ今、「モノ」の持つ可能性も広がっているのだと考えている。しかし、適切な情報が行き渡るには今しばらくかかるだろう。移動手段の高速化が当たり前となり、インターネットが情報伝達を変革し、人々はこれまでになく巨大な情報に自由に接することができるようになった。これによって、一部の人間が満足を得られるような評価方法や、情報を一元的にコントロールしてきたメディアといった存在だけでは、魅力を届けることが難しくなってしまったからだ。今は過渡期である。多くの人々が、情報に対してより本能的に行動しつつある。つまり、“体感”の重要性がようやく再認識されているのだ。
こうした中で今回ご紹介するのは、キッチンを中心とした上質な生活を提案するトーヨーキッチンスタイルが、創立80周年を記念して作り出した“包丁”である。丸若屋が企画段階から関わらせていただいたものだが、その過程においてトーヨーキッチンスタイルのモノづくりへの強い思いに、心から共感することができた。ステンレスの食器メーカーとしてスタートした彼らの歩みは、キッチンという概念が日本に生まれ定着するまでの時間軸とほぼ一致する。その彼らが今も国内生産拠点としているのが創業地である岐阜県の関市だ。刃物の生産地として全国的にも有名であるこの土地で、創業初期に手掛けていた包丁作りを改めてこの節目の年に行う事から、彼らのモノづくりへの原点に立ち戻ろうとする強い思いを感じる。
道具として求められる機能が非常に明確である“包丁”は、その製造方法においても多くの制約が存在する。しかし今回の包丁製作においては、機能はもちろん、材質や形状に至るまで、細かく吟味され分解されることで、固定概念に捕らわれることのないものづくりが追究された。結果的に、個性的でありながら洗練されたたたずまいと、耐久性に優れた高い切れ味を兼ねそろえた品が誕生した。
まるで静寂の中からすくい取られたような美しい形状は、以前にもご紹介したデザイナー、猿山修氏による。その圧倒的な存在感を支えるのは、トーヨーキッチンスタイルに蓄積された高い技術力と、それに裏打ちされた誇りと探究心である。しかし、それ以上に大切にされたことは、使う側との「出会い」の演出であった。現物を目にしたときに思わず手を伸ばしてしまう美しさは、持ってみたいという衝動にかられる。一度手にすれば、人さし指と親指が持ち手の形状にすっとなじみ、使ってみたいという衝動へと続く。だからこそ、実際の切れ味を体感したとき、さらなる感動を得る。日本の技術が海外で高い評価を得ているといわれるが、“包丁”はそれを具体的に感じさせてくれる稀(まれ)な存在であろう。だがそうした商材において、あくまで高い技術は大前提でありながら、作り手の思いと使い手の体感をコミュニケートさせることに集中するトーヨーキッチンスタイルの姿勢に、日本のものづくりの未来を見た思いである。(企画プロデュース会社「丸若屋」代表 丸若裕俊(まるわか・ひろとし)/SANKEI EXPRESS)