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新たな系譜学をもとめて 躍進/痕跡/身体 伝統と先端の融合 根源を問う

 空気を切るような動作のキレ、がっしり地面をつかむ足元の美しさ、3度跳躍を繰り返すときの躍動感。和泉流狂言師、野村萬斎(まんさい)さん(48)の一挙手一投足に、観客の目は注がれる。

 東京都現代美術館(東京都江東区)で開催中の「新たな系譜学をもとめて 跳躍/痕跡/身体」に関連し、3日、現代美術館で公演「三番叟(さんばそう)/エクリプス(日蝕(にっしょく))」が行われた。「三番叟」といえば五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願う、古式ゆかしき日本芸能の真髄(しんずい)というべき舞。しかし、現代美術館でみせる「三番叟」は、新たな解釈が加えられていた。舞台演出はメディアアーティストの高谷史郎さんだ。

 萬斎さんはこの舞に「天地人」-天と地の間の混沌(こんとん)とした人の世界にあって、地の下の荒(あら)ぶる神を鎮める舞、という現代的解釈を加えた。そこで高谷さんは光と映像、音を駆使した舞台空間を練り上げた。

 前半(揉之段(もみのだん))では、萬斎さんの力強い足拍子の音が増幅され、会場を揺るがす。後半(鈴之段(すずのだん))、妖しい日蝕を払いのけるように鈴と囃子の音が響き合い、会場は独特の高揚感に包まれてゆく。それが最高潮に達した瞬間、まばゆい光が再来する-。

 伝統と最先端の出合い。身体パフォーマンスと現代アートの出合い。「古いは新しい、新しいは古い。伝統的なものも、人間が呼吸で新しい酸素を体内に入れるがごとく、活性化しなければならない。一方で、根源的な何かが問われるのがアートの世界」と萬斎さんは言う。実は萬斎さんは、今回の展覧会の総合アドバイザーでもある。なぜ、萬斎さんに白羽の矢が立ったのか-。

 ≪体感しよう 身体のふるまいが生み出すアート≫

 ダンス、演劇、伝統芸能、スポーツ、武道、あるいは作法や所作といったものまで、「身体表現」は言葉を超えたコミュニケーションであり、私たちの身体の中に眠る記憶や感覚、感情などを呼び覚ますスイッチでもある。

 「新たな系譜学をもとめて」展では、身体に残された記憶や知の痕跡が、時を超え新たな創造を生み出してきた系譜をたどる。現代アートと身体パフォーマンスが出会う企画展だ。

 「萬斎さんの身体は600年以上の伝統を持つ能狂言の型を継承しながら、現代まで一気に跳躍し、さまざまな表現と交わって新しい創造の遺伝子をつくりだしている」と東京都現代美術館の長谷川祐子・チーフキュレーター。古典に軸足を置きつつ、時には能楽堂から飛び出したり、シェークスピア劇と融合させたり。萬斎さんはいわば、日本文化における身体パフォーマンスの「系譜」を体現している存在。

 それにしても、能狂言の極限まで簡素化された動き、形式化された感情表現を見ると、そこに至るまでの先人らの試行錯誤を想像せずにはいられない。「先祖先達から伝わる『型』を代々受け継いでいるゆえに、『なぜこういう表現があるのだろう』と考えることがある。それにより、改めて自らの表現が問われ、自己の再認識ができる」。展示室に掲げられた、萬斎さんの言葉が興味深い。

 研ぎ澄まされた身体の動きとは逆に、私たちは普段、どんなふるまいをしているのだろう。それを客観視できる面白い作品がある。岡田利規さん主宰の演劇カンパニー、チェルフィッチュによる映像インスタレーション「4つの瑣末(さまつ)な 駅のあるある」。

 大きな4つのスクリーンに映し出される4人の若い男女。それぞれが何かを語りつつ、けだるげな動きをしている。スクリーンの前には、天井から釣り下げられた超指向性スピーカー。真下に立つと、眼前の人物の話が聞こえる。それは本当に瑣末なエピソード。リアルだけど、虚構。でも、こういう人、いるよね。日常のふるまいが巧みに様式化されている。

 バーチャルとリアルが混在する現代だからこそ、人は自らの身体をより強く意識し、よりどころにしたくなるのかもしれない。ブラジルの美術家、エルネスト・ネトのインスタレーションは、鑑賞者自ら体感してこそ意味がある。

 展示作品「人々は互いを横切る風である」は、アマゾン森林地帯に住む先住民、カシナワ族の文化を美術家自ら経験したことで生まれた。ぐねぐね曲がる狭いトンネルの床に施された「ケネ」という模様(もよう)は、「知の源」を象徴する大蛇を表すという。大蛇の長いトンネルをくぐるうち、自らの体内を探検しているような感覚になるから不思議。身体を動かし続けることで、高揚感とともに余計なものがそぎ落とされ、浄化されてゆく気がする。その感覚は、抽象表現主義を代表するジャクソン・ポロックや、前衛美術団体「具体(具体美術協会)」の作家たちの表現にも通じる。

 「具体」のメンバー、白髪(しらが)一雄は、言葉もライブ感に満ちている。「素手でやろう、手の指だ。そして前向きと信じながら走って走って、走るうちに、そうだ足だ。足で描く」(『具体』第3号より「行為こそ」1955年

 白髪の絵画はほぼ半世紀前に描かれたにもかかわらず、鮮やかなストローク、ほとばしるエネルギーで見る者を圧倒する。そんな身体の動きの絵画化を、現代に継承しているのが画家、ジュリー・メーレトゥだ。エチオピア生まれ、ニューヨーク在住の彼女の技法は独特である。

 最初に描くのは、都市や建築の精密なドローイング。彼女にとって建築とは歴史や権力の象徴。その上に重ねるのがひっかくような、切り裂くような線。平面なのに多層的、かつ時間の積層も感じさせる、現代の水墨画のようでもある。(文化部 黒沢綾子/SANKEI EXPRESS

 【ガイド】

 「東京アートミーティング(第5回) 新たな系譜学をもとめて 躍動/痕跡/身体」 2015年1月4日まで、東京都江東区三好4の1の1、東京都現代美術館。月曜と2014年12月28日(日)~2015年1月1日(木)は休館、午前10時~午後6時(最終入場は5時30分)。一般1200円、大学生と65歳以上900円、中学・高校生600円、小学生以下は無料。問い合わせはハローダイヤル(電)03・5777・8600。

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