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オーストラリア・ダーウィン 異国情緒あふれる果ての街
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餌めがけて飛び上がるクロコダイルは迫力満点=2014年10月17日、オーストラリア・準州ノーザンテリトリー・ダーウィン(宮崎裕士撮影) オーストラリア北部の街「ダーウィン」。その名を耳にして思い起こすのは、進化論で有名な自然科学者、チャールズ・ダーウィンだろう。ダーウィンは1869年、オーストラリア最北の寄港地として開かれた街だが、その30年前、イギリス海軍の軍艦「ビーグル号」の乗組員によって発見された入江に「ポート・ダーウィン」と名付けられたことに由来するという。その乗組員はダーウィンとビーグル号の同船仲間だったのだ。
かつてダーウィンは「トップエンド(北の果て)」と呼ばれ、不毛の地の代名詞だったが、近年液化天然ガスの開発が進み、ウォーターフロントを中心に街は建設ラッシュを迎えた。街のすぐそばには手つかずの大自然が広がり、50以上の民族が住む。異国情緒あふれる食事や多彩な文化が味わえるのが一番の魅力だ。
ダーウィンは約半世紀のうち2度にわたって、壊滅状態となった。1度目は、第二次世界大戦中の1942年、旧日本軍から受けた空襲で、また2度目は1974年のクリスマスイブに起きた巨大サイクロンによって。どちらも建物のほとんどが倒壊し、甚大な被害となった。
そこからよみがえるべく街は修復された。そのため街並みは新しく、統一されている。ダーウィン港では1960年頃まで戦禍の跡が色濃く残っていて、満潮時でも空襲によって沈められた船の残骸は水面に浮き出て、爆破された桟橋もそのまま放置されていた。沈没船が船の航行を妨げるということから、州政府が引き揚げを計画したが、ダーウィン港の潮の速さと低い透明度のため困難を極めた。
そこで、引き揚げを可能にしたのが当時、高いサルベージ技術を有していた藤田柳吾(りゅうご)氏の「藤田サルベージ」だった。こうした貢献が功を奏したことや、勤勉な働き方や礼儀正しさが受け入れられ、当初あまり芳しくなかった対日感情は徐々に改善し、友好的な関係が築かれていったという。
≪ダイナミックな自然堪能≫
ダーウィン周辺の自然を堪能できるのが街から車で約1時間の「リッチフィールド国立公園」だ。道中、野生のワラビーに遭遇し、道路脇の岩に見えるアリ塚に目を奪われるなどした。
公園内には川や滝つぼが多く点在。年間を通して平均30度を超す熱帯気候のため、地元住民にとって貴重な涼を取る憩いの場となっている。中でもフローレンスの滝は、まばゆく光る岩場からダイナミックに流れ落ちる滝の中を泳ぐことができる。
オーストラリアに生息する爬虫(はちゆう)類を観察したいなら、ダーウィンの中心部にある「クロコザウルス・コーブ」へ。ノーザンテリトリーのダーウィンとマリーリバーを中心とするトップエンドには、約20万頭のソルトウォーター・クロコダイル(イリエワニ)が生息するが、ここではクロコダイルが一大観光産業となっている。世界有数の爬虫類のコレクションを誇るこの施設で人気なのは、赤ん坊のクロコダイルを抱いての記念撮影。成獣になると恐ろしいが、赤ん坊ならかわいい。
さらにスリルを味わいたいなら「ケージ・オブ・デス(死のカゴ)」(約1万6000円)がお薦め。3本の鎖でつるされた透明なケージに入り、クロコダイルがいるプールの中に入るという刺激的なアトラクションだ。
記者は以前、ライオンとの散歩という危険なアトラクションを体験したことがあるが、またしても危険なアトラクション体験が待ち構えていた。事故が起きた場合に自己責任になるという旨の書類に署名し、いよいよケージに入る。鋭い目つきで私をにらみ、餌と思っているのか何度も口を開き、ケージにぶつかってきたときには正直背筋が凍りついた。だが、勇気を出して顔を近づけるとクロコダイルの大きく鋭い牙やゴツゴツした岩石のような肌を間近で観察することができた。
ダーウィン市内で夕方からひときわにぎわいを見せるのが「ミンディルビーチ・サンセットマーケット」。マーケットは乾期(4~10月)の毎週木曜と日曜の夕方から開催され、約200軒の露店が所狭しと並ぶ。地元の新鮮なカキやエビなどのシーフードに加え、アジア各国の料理が味わえるほか、アクセサリーや工芸品などの店があり、おみやげ探しにも最適。
雨期には激しい雨が降るため、観光で訪れるなら乾期がお薦め。日本からダーウィンへのアクセスはケアンズ経由などが便利。時差がわずか30分というのも魅力的だ。(写真・文:写真報道局 宮崎裕士/SANKEI EXPRESS)