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美しくリアルな「夢」が突きつける「現実」 「ヂョン・ヨンドゥ 地上の道のように」
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ヂョン・ヨンドゥ「シックス・ポイント」2010年、ビデオ(提供写真)
人間にとって、希望(夢)、現実とは何だろう? 最新技術の美しい映像の世界で、希望を次々にかなえてみせる現代アーティスト、ヂョン・ヨンドゥ(45)。その映像は、リアル過ぎるがゆえに、達成できない現実も鋭く突きつけてくる。日本では初の大型個展「ヂョン・ヨンドゥ 地上の道のように」が水戸芸術館(茨城県水戸市)で開かれ、いま話題を呼んでいる。
息をのむのは「シックス・ポイント」だ。日本の絵巻物をたぐるように、ニューヨークの街並みの大画面が、右から左に流れていく。画面には奥行きがあるが、動画とは違って、立体感のない人や車がストップモーションで並んでいる。その影だけが、流れに合わせるように動く。
リトルイタリーやコリアンタウンに並ぶレストラン、洋服店、たばこ店…。店々の飾りや看板、タクシー、通りを歩く人々の姿が輝くような色彩を放ち、一枚の絵画のように美しい。
そして、映像の奥からインド、イタリア、中国、スペインなどから移住してきた人々のモノローグ(独白)が聞こえてくる。見たことのない不思議な映像を見ているうちに、夢の中で見知らぬ商店街に迷い込んだような錯覚に陥る。
ヨンドゥは、ニューヨークの路上で、強いフラッシュをたいて写真をたくさん撮った。それを切り貼りして、1本の大通りでつながっているような映像に仕上げた。制作期間は3年に及んだという。
このように、ヨンドゥが作品に登場させるのは、市井に生きる人々だ。制作にあたっては、被写体となる人々とコミュニケーションを交わすのも特徴。
「奥さまは魔女」では、被写体の人物に夢をたずねる。背景を変え、小道具やエキストラを使って、夢を実現する映像をつくり出す。しかし、その映像は、最初の顔とポーズはそのままに、いつの間にか背景や衣装が少しずつ変化していく。まさにアメリカ、日本で人気だったテレビドラマ「奥さまは魔女」の魔法みたいに。
被写体だけでなく、鑑賞者が主役になる作品もある。「ドライブ・イン・シアター」だ。鑑賞者が車(タクシー)の運転席に乗り込むと、車の外側に設置されたカメラが鑑賞者を撮影。カメラと反対側のモニターでは車窓の映像が後方へ動き出す。そして気がつくと、車の正面にはられた大きなスクリーンに、まるで鑑賞者自身が車を運転して走っているような映像が映し出されるのだ。
一方で、夢をつむぐ映像の裏側に、美しいとはいえない仕掛けが隠れていることを教えてくれるのが「東京物語-B camera」。言うまでもなく「東京物語」は小津安二郎監督の名作だが、映画ではセットの障子や畳を使い、「絵空事」が演出されていることに気づく。
2011年の東日本大震災に関連した「ブラインド・パースペクティブ」も鑑賞者の参加型作品だ。津波で発生した「がれき」に似せ、漁具や家具、木片などのごみが両側にうずたかく積み上げられ、真ん中に点字ブロックを敷いた道が設けられている。
鑑賞者は、目に3Dモニターデバイスをはめ、足裏に点字ブロックを感じながら歩いて進む。デバイスからは、林の中の自然あふれる小道が映しだされ、紫色のチョウが舞い、鳥のさえずりも聞こえてくる。不安定なため、鑑賞者はときどきデバイスを外して道の方向を確かめることになるが、そのたび、バーチャルな美しい映像と、現実の荒涼とした風景のギャップに胸が潰れる。
ヨンドゥは、2013年から水戸での展覧会を用意する中で、マッサージ師の白鳥建二さんと出会った。白鳥さんは、全盲でありながら、自分の生活を毎日、写真に撮り続けている。
ヨンドゥは白鳥さんの、自分では見ることができない記録をとり続けている行為に感銘を受け、白鳥さんの写真とピアニスト・小曽根真の曲を組み合わせた作品「ワイルド・グース・チェイス」も制作し、展示している。
こうした映像作品を通して、ヨンドゥが問いかけているのは、夢とは何か、現実とは何か、見えるものとは何か、見えないものとは何か、ということだろう。私たちは、見たいもの(夢)を見ているだけで、見たくないもの(現実)から目を背けているだけなのかもしれない。やがて人間は、バーチャルな世界と現実の世界の“2つの人生”を生きるようになるとの未来予測もある。
展覧会を企画した水戸芸術館現代美術センターの高橋瑞木主任学芸員は「ブラインド・パースペクティブの“がれき”を目にしても、大震災を思い出さない人もいる。忘れることの速さを思い知らされるが、ヨンドゥの作品を通して、時代の流れに身を任せるだけでなく、記憶を呼び起こすことの大切さをもう一度考えてほしい」と話した。(原圭介/SANKEI EXPRESS)