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【まぜこぜエクスプレス】Vol.40 ホームレスの社会復帰応援 雑誌「ビッグイシュー」

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【まぜこぜエクスプレス】Vol.40 ホームレスの社会復帰応援 雑誌「ビッグイシュー」

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人通りの多い交差点に立つ雑誌「ビッグイシュー日本」(1冊350円)の販売者、菅野さん(左)と一般社団法人「Get_in_touch」理事長の東ちづる=東京都文京区・本郷三丁目の駅前交差点(山下元気さん撮影)  昨年9月に10周年を迎えた雑誌『ビッグイシュー日本』。ホームレス(路上生活者)が販売し、1冊350円の売り上げのうち180円が彼らの収入となり、彼らの社会復帰を応援する仕組みだ。ビッグイシューを通して見えてくる「日本の貧困」の現状について、実際に販売している菅野春雄さんと、広報担当の佐野未来さんに話を聞いた。

 「いつもしわ寄せ」

 路上生活者に話を聞くと、「いつのまにかこうなっていた」と漏らす人は少なくない。なりたくてなる人はいない。菅野さんもそんな一人だ。

 フレームの割れた黒縁のメガネが言葉を発するたびにずれる。それを照れくさそうに直す。話を聞くために会ってすぐに恥ずかしそうに「当人です」と頭を下げた。人の良さが染み出ている。

 中学卒業後、集団就職で愛知県へ。トヨタの下請け工場で働いていたが、1970年、無断で仕事を休み、万博を見に行ってクビに。その後、18歳からほぼ日雇い労働者として「土木業界で生きてきた」と胸を張る。背が高く立派な体格は、ガテン系の現場で重宝されたはずだ。

 初めて野宿を経験したのは26歳だったという。土木・建築の仕事は年度末が最盛期で、4月から8月までは仕事が少ない。「野宿でも平気だった。あの頃はまだ公園のベンチでも眠れた。一時しのいで、また年度末になれば仕事が回ってくる」と危機感はなかった。しかし、やがてバブルがはじけ仕事が激減。40代後半から、新宿で段ボールハウスを作って寝るようになった。「しわ寄せは、いつも、うちらの方に来る」と振り返る。

 7年前、販売者に声をかけられたのがきっかけでビッグイシューとつながり販売者となった。その後、いったん離れていたが、紆余(うよ)曲折を経て戻ってきた。今はほぼ毎日、朝の7時から夕方5時まで、本郷三丁目の駅前交差点(東京都文京区)に立つ。「ビッグイシューとつながってよかったことは?」と聞くと、「以前は食べるに食べられなかった。今だったら心配することない」。心配なのは住居。菅野さんは現在も路上で寝ている。「住むところを確保するために貯金をするのが目標。人のいないときでも立っているよ」と静かに笑う。

 見えない貧困層が増加

 お話を聞いている間、菅野さんが62歳で他界した自分の父と重なった。自分より他者を優先するお人よしだった。造船業の下請け会社を設立し、自らも職人として働きに働いた。しかしバブルの崩壊や体調不良で、晩年は娘である私が世話をした。父が家族の縁が薄い境遇だったらどうなっていたのだろう…と考える。ホームレスの人は特別に怠け者でも、だらしないわけでも、頑張らなかった人でもない。特に今の時代、まったく他人ごとではないと思う。

 現在、ビッグイシューは札幌から鹿児島まで日本全国で販売されている。佐野さんによると、販売者として登録している人は全国で約140人。そのうち東京には約50人がいる。年齢は30~80代まで幅広いが、中心は50代で、ほぼ男性。延べ人数は10年間で1800人弱に及ぶが、リーマン・ショック時をピークとして路上生活者は少しずつ減ってきているという。生活困窮者の増加が社会問題になっているにもかかわらず、路上生活者が減っていることについて、佐野さんは「見えない層が増えている」と指摘する。

 以前は、菅野さんのように地方から集団就職で上京し、日雇い労働者となり、バブル崩壊後に職を失うと生活困窮して路上生活というパターンが多かった。けれども今は変わった。佐野さんは「困窮状態にいる若い人は増えていると思うが、菅野さんのような土木作業員の経験もなく、『路上で寝るのが怖い』という人が多い」と分析する。土木・建築現場では人手が足りていない状況もあるが、障がいがあったり、ホームレス状態になるまでに精神疾患を抱える若者も多く、そういった若者が「ガテン系」で働くのは不可能に近い。「路上は社会問題の最前線だなといつも思います」と、佐野さんは苦笑いする。

 人生は頑張っても報われなかったり、時にはさまざまな理由で頑張れなかったりすることもある。「勝ち組・負け組」などという言葉もはびこり、簡単に敗者にされてしまう。貧困とは、社会システムのひずみでもあるのに「自己責任」を押し付けられる時代。ビッグイシューを買うことは、敗者復活の応援にもなる。読み物として内容も面白く、気づきもくれる貴重な雑誌だ。販売者さんを見かけたら、ぜひ手にとってみてほしい。(女優、一般社団法人「Get in touch」代表 東ちづる/撮影:フォトグラファー 山下元気/SANKEI EXPRESS

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