≪本は記憶のスイッチを入れる≫
同世代で、同郷で、名前も同じ「洋子さん」。いくつもの共通項を持つ作家・小川洋子さんと平松洋子さんが、自らを育んだ30冊と1本についてとことん語り合った対談集『洋子さんの本棚』を刊行した。本を語ることは人生を語ること-。単なる書評にとどまらない、滋味あふれる一冊となった。
話が弾む古典的役割
――ゆっくりと話すのは本書が初めてだったというお二人ですが、互いにどんな印象をお持ちでしたか
平松洋子さん(以下平松) 小川さんの作品を拝読していて、何か通じるものを感じていました。物語という手立てを通じて、小さな存在から世界の深部を見つめていらっしゃるような…。尊敬とともに親近感がありました。
小川洋子さん(以下小川) 私は平松さんの書評が大好きなんです。自分の作品には毎回満足していないのですが、平松さんに書評していただけた時には、書いたかいがあったと思うくらいです(笑)。読んでつまらなかった本でも、平松さんの書評は抜群に面白い、という経験もしばしばです。
――本書では、「少女時代の本棚」「少女から大人になる」「家を出る」など、女性の人生に添った5つのテーマが設定され、そのテーマごとに互いが数冊ずつリストアップする…という形で対談をしています
平松 毎回お会いするのが楽しみでしたね。初めて読む本もあるし、読んだことのある本も、話すための読み方をするとまた違った見え方がある。毎回いそいそと対談場所に出かけていきました。
小川 よく考えれば、普通こういう機会ってありませんものね。初対面の者同士でも、本があれば話が弾む。本がそこにあるということは大事なことですね。今はコミュニケーションのあり方が多様になっていますが、一冊の本の果たす古典的な役割を改めて感じました。
平松 本は常に開かれている。何が正解かなんてないですしね。
小川 平松さんに本を推薦していただけるなんて、こんなぜいたくな機会はない(笑)。毎回新鮮な、スリリングな時間でしたね。
平松 対話は、お互いの言葉によってあらたな言葉が生まれる有機的な関係の産物。お互いがいないと生まれない言葉が、あらたな本の表情を浮上させる…。一人では決して得られない唯一無二の体験でした。
時代性が反映される
――岡山県で生まれて子供の頃から本好きで、地元の高校を出て18歳で上京。今は物を書く仕事についている。お二人はいくつも共通項がありますね。対談からも、意気投合している雰囲気をとても感じました
平松 やっぱり本にも、時代性が反映されていますよね。例えば、中沢けいさんの『海を感じる時』。18歳のデビュー作なのですが、私たちも中沢さんと同世代で、そのときどんな思いで読んだか、当時の自分がなまなましくよみがえってきて驚きました。
小川 本って、記憶のスイッチをパチッと入れてしまうところがありますよね。
――P・ピアス『トムは真夜中の庭で』、石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』、ツルゲーネフ『はつ恋』、西原理恵子『パーマネント野ばら』…。バラエティー豊かな本が登場しますが、互いが紹介した中で、特に「これはやられた!」という本はありますか
小川 深沢七郎『みちのくの人形たち』! ああ、自分が書いたことにしてしまいたい…と正直、思いました(笑)。
別の形で現れるかも
平松 ゆっくりと核心に近づいてゆくあの感じ。名状しがたい読み心地をもたらす小説です。もしかしたら小川さんが『みちのく~』に対して抱かれた衝撃が、いつか小川さんの作品のなかに現れてくるのかもしれませんね。
小川 かもしれません。でも、そのときは平松さんにも気づかれない形で書きたいですね(笑)。ひょっとしたら、すべての本ってそういうふうに書かれているのかもしれません。書き手さえ気づかない深いところで、小説同士、根っこがつながり合っている。
想像つかない魔力が
――本書では、本という入り口を通じて、人が生きることとは何かというとても大きな議論にまで到達しています
平松 すごく不思議な体験でしたね。毎回何冊か本がある中で、次はどの本について語ろうという打ち合わせをしていないのに、次に語るべきものが見えてくる。本を手立てにしながら、大きな、見えない何かについて語っているのだなと途中から思いました。
小川 本は想像もつかない魔力を隠し持っています。
平松 人が生きるってどういうことか。すべての本はそこに向き合って書かれている。本を読みながら、本を超えて、大きなものにつながってゆくのかもしれません。
小川 それが必然なのでしょうね。(EX編集部/撮影:宮崎瑞穂/SANKEI EXPRESS)
■ひらまつ・ようこ 1958年岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。93年『とっておきのタイ料理』、96年『アジアの美味しい道具たち』を刊行。2006年『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞を受賞。
■おがわ・ようこ 1962年岡山県岡山市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で第7回海燕新人文学賞を受賞。91年「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞。2004年『博士の愛した数式』で第55回読売文学賞、第1回本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で第32回泉鏡花文学賞。06年『ミーナの行進』で第42回谷崎潤一郎賞を受賞。
■「みちのくの人形たち」(深沢七郎著) 純朴そうな人物に誘われて、東北の山深い里を訪れた主人公。当初は温かいやりとりが描かれるが、次第にその里の奇習を知ることとなる。お産が近づくとびょうぶを借りにくる村人たち、両腕のない仏様と人形-。奇習の中に宿業を描いた。
中公文庫、590円+税(『洋子さんの本棚』で紹介されているのは1979年著者発行の私家版)。