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ブルース、ジミヘン、プリンスの「聖地」シカゴ、シアトル、ミネアポリスを訪ねる

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ブルース、ジミヘン、プリンスの「聖地」シカゴ、シアトル、ミネアポリスを訪ねる

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EMPミュージアムに入ると、正面に吹き抜けで3階までの高さがある巨大なギターのオブジェに圧倒される=2014年10月20日、米ワシントン州シアトル(緑川真実さん撮影)  【大人の時間】

 ≪ビートルズらの「足跡」≫

 アメリカには音楽の「聖地」がたくさんある。「黒人霊歌」として南部で生まれたブルースが発展したイリノイ州シカゴ。ワシントン州シアトルは、かつてビートルズが宿泊したホテルがあり、ジミ・ヘンドリックスにカート・コバーンという早世した伝説のミュージシャンの出身地。ミネソタ州ミネアポリスは昨秋、新作を出したプリンスの故郷だ。そんな音楽ファン憧れの「聖地」を訪ねた。

 「ブルースって黒人のつらく悲しい歌というイメージがあるのだろうけど、カントリーやロック、ジャズなどさまざまな要素が入って進化している。恋の歌もたくさんあるんだよ」。シカゴ・ブルース界の重鎮、エディ・クリアウオーターさん(80)は郊外の自宅で話しながら、ギターを取り出し弾き語りしてくれた。力強いながらもノリがいい。思わず踊り出してしまう。

 エディさんはグラミー賞ノミネート経験もあるベテランで、1950年代から活躍。母方の祖母がネーティブアメリカンであることで、ステージでは常にインディアン風のヘッドドレスを着用。いつしか「ザ・チーフ」と呼ばれるようになった。

 「進化していくもの」

 米国南部で奴隷として働いていたアフリカ系アメリカ人(黒人)の、抑圧された魂の叫びが音楽となったブルース。シカゴへは第二次大戦の前後に多くの黒人が移住、その中の一人マディ・ウォーターズが、エレキギターを使ったバンド形式のシカゴ・ブルースを確立させた。

 市中心部の老舗クラブ「キングストン・マインズ」でライブを行うマイク・ウィーラーさん(53)は同世代のマイケル・ジャクソンが大好き。「ブルースはトレンドを入れて進化していくもの」と話す。ギターをかき鳴らし熱唱する姿はロックに近い。

 シカゴ・ブルースの悩みは若い世代が育っていないこと。エレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)などが好きな若者層にとって、ブルースは日本で言う演歌や民謡のような存在に近い。若手発掘や育成の試みも進んでいるが、広い支持を得るには至っていない。

 ギター&グランジの雄

 歴史の長いシカゴ・ブルースを一時、揺るがしたのが1960年代のブリティッシュ・インベイジョンだった。英国のミュージシャンが米国はじめ、世界中でヒットを飛ばしブームを巻き起こした。

 その代表格ビートルズが64年、最初の全米ツアーを行った際にシアトルで宿泊したのがエッジ・ウオーターホテル。海にせり出すように建っており、部屋から釣り糸を垂らしたメンバー4人の写真が有名になった。ロビーにはこの写真以外にもレッド・ツェッペリンなど過去に泊まったミュージシャンの写真が多数飾られている。

 シアトル中心部には音楽博物館「EMPミュージアム」がある。目玉はワシントン州出身のジミ・ヘンドリックスとカート・コバーン。ジミは1960年代末にギタリストとして、カートは1990年代にグランジの雄として、それぞれ音楽の流れを変えた存在だが、ともに27歳で早世した。館内では2人の遺品や生前の人気ぶりを伝える新聞記事、映像などを紹介。来館者は50代以上はジミ、20~30代はカートへと、客層が完全に分かれていた。

 地元の誇り

 一方1980年代から現在まで活動を続けるプリンスは昨秋、新作を発表。自身が故郷ミネアポリス郊外に所有するスタジオ「ペイズリー・パーク」で記念ライブを行った。「そんなシークレットライブがたまに開かれる。当日いきなり発表されることが多いので、ファンが待ち構えているわ。彼はプライベートを表に出さないので、素顔は詳しく伝わってこないけれど、私たちの誇りよ」とミネソタ州政府観光局のクリス・ツェーラーさん。

 音楽ファン垂涎(すいぜん)の「聖地」、ゆかりのミュージシャンは、その土地の風景をどう見つめていたのか。その心の内を思いながら訪ねてみたい。(文:藤沢志穂子/撮影:フリーカメラマン 緑川真実(まなみ)/SANKEI EXPRESS

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