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【東京マラソン】「福島の元気伝えた」 五輪へつなぐ夢
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レースを終え、小野秀憲監督(左)からねぎらいを受ける蛭田直宏君=2015年2月22日、東京都江東区(森本充撮影) ≪テロ警戒 ランニングポリス初導入≫
東京マラソンが開かれた22日、都心はテロへの警戒から多くの警察官が配置され、緊張した雰囲気に包まれた。
都庁付近のスタートエリアの入場ゲートでは午前8時ごろ、ランナーが手荷物検査を受けるため長い列をつくった。2012年以来の参加という東京都中央区の会社員、秋山貫太さん(30)はゲートを通過するのに約5分かかった。「ホノルルなど国内外のマラソン大会に出場したが荷物を預けるぐらいで、こんな厳戒態勢は初めて。安全第一で警戒してもらえると安心して走れる」と話した。
警視庁は初めて、警察官がランナーと一緒にコースを走る「ランニングポリス」を導入。女性4人を含む64人が特殊警棒や催涙スプレーを携帯し、2人一組で約10キロずつ走りながら不審な動きを警戒した。頭に装着した小型カメラから映像をリアルタイムで警視庁本部の指揮所に送り、コース状況の把握に生かされた。スタート地点から走った警備1課の中沢浩警部(43)は「一緒に走ることで思ったより視界が広くよく見え、非常に効果的だった」と評価した。
≪ジュニア・ユース いわき秀英高校(福島県)2年 蛭田直宏さん≫
22日行われた東京マラソンで、ジュニア・ユースの部には岩手、宮城、福島の東日本大震災の被災3県の高校生100人が招かれ、10キロを駆け抜けた。
いわき秀英高校(福島県)2年の蛭田(ひるた)直宏さん(17)も、地元の期待を背に、実力を出し切った。目標の3位にはあと一歩届かず、4位だったが、「福島はがんばっているし、元気だということを自分の走りを通じ伝えられたと思う」と笑顔をのぞかせた。
陸上を本格的に始めたのは中学1年。誰かに憧れたり、何かに刺激を受けたわけでもなく、ただ走る爽快感に魅せられた。練習に明け暮れる毎日を送っていたが、2年生になる直前に、震災と東京電力福島第1原発事故に見舞われた。
慣れ親しんだ街の様子は一変した。自宅は原発から30キロ以上も離れていたが、街角からは人影が消えた。自らも自宅にこもり、陸上の練習から遠ざかった。「これからどうなるのか不安ばかりが募った」
数カ月後に練習を再開した。被曝(ひばく)の不安はぬぐえなかったが、両親らの支えを受けて走り続けた。高校進学では、県外に移る有力選手もいる中で、迷いながらも地元の高校を選んだ。
「人の温かさや、慣れ親しんだ街…」。うまく表現はできないが、やはり地元が一番だと信じ、この地でがんばろうと決意を固めたという。
持ち前の忍耐強さと長身を生かし、今月の「いわきサンシャインマラソン」では高校生の部で2位に入るなど、将来を期待される逸材に成長した。
「普段は口数が少ない穏やかな生徒だが、走り出すと見違えるほどダイナミックになる。福島に希望の灯をともすような世界的な選手になってほしいし、素質は十分にある」。いわき秀英高校陸上競技部の小野秀憲監督(41)も期待を寄せる。
2020年にはこの東京で五輪が開催される。そのころには、アスリートとして充実した年代になっている。「まだまだ現実として描いているわけではない。また、福島のがんばりを伝えられれば」。蛭田さんの目は、漠然とだが5年後を見据えていた。(SANKEI EXPRESS)