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次代を牽引する「遠慮のない」女性たち 「HARUMI GALS」 椹木野衣
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山口はるみ「スケートボード」(1977年、提供写真)。(C)Harumi_Yamaguchi_Courtesy_of_NANZUKA
先日、東急プラザ渋谷の閉館に立ち会ってきた。別れを惜しんで歩道橋まで埋め尽くした顧客を前に、最後の総支配人は、万感迫るように「新しい渋谷にご期待ください!」と声を上げた。
新しい渋谷…その準備は着々と進んでいる。駅の東口に位置し、長く文化の拠点として親しまれた東急文化会館は解体されて久しい。その跡地には、すでに21世紀型の複合商業施設「ヒカリエ」が立つ。西口の跡地にも、超高層ビルが急ピッチで建設されるとの発表があった。東急プラザが、旧東京五輪開催後の1965年に開館し、いま、新たな東京五輪に向けて、49年にわたる役割を終えたのは、はたして偶然だろうか。
山口はるみの描く世界は、渋谷をめぐって繰り広げられた、かつての五輪から新たな五輪への50年を超す変遷のなかで、大きな役割を果たし、いつしか忘れられ、そして今また復活しつつある。その意味するところはなにか。
渋谷を始発とする東急電鉄の開発と、駅に直結した百貨店と文化施設という大規模な広域構想において、東急は、渋谷では後発の西武に対して、一歩も二歩も先んじていた。事実、東急の立ち並ぶ駅近の施設に対し、西武が占める位置は駅からやや距離がある。ターミナルとなる駅の近辺では、立地上の不利は、商業的にいってほとんど決定的な意味を持つ。この態勢の挽回を期して、新しい時代の消費を先導する女性のイメージを鮮烈に打ち出すことで勝負を仕掛けたのが、西武流通グループのなかでもひときわ鮮烈な文化を担ったテナント・ビル、パルコであった。
そして、アートディレクションの石岡瑛子、コピーライターの小池一子とともに、新しい時代の女性からなるトライアングルの一角として起用されたのが、東京芸大の油画科を卒業したばかりのイラストレーター、山口はるみだった。
従来の画材の鈍重な雰囲気を一掃する、軽快なエアブラシで過剰なまでに克明に描かれた女性像は、アメリカの男性雑誌でこそひとつの典型となっていたが、日本ではまだ手がける者がおらず、山口はその走りであった。
それだけではない。山口はこの手法を独自にアレンジし、70年代以降、80年代へと向けて日本に姿を現す、高度消費社会という未知の大海のなかへと、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく手足を延ばす女たちを描いた。スケートで街を疾走し、体勢を崩したら遠慮なく足を大きく広げ、口を大きく開けて絶叫してみせる女性像を投げ込んだのだ。それは過去に例を見ないばかりか、当時の日本人にとっては、たいへんなショックであった。
しかし、時代は次第に山口の世界観に追いついて行く。そのイメージに乗って渋谷を闊歩(かっぽ)する女性たちが、銀座のいささかお高くとまった「銀ブラ」の担い手に代わって、日本の消費文化を象徴する存在になるまでに、さほど時間はかからなかった。その後、バブルが崩壊し、いかに変形されたとはいえ、渋谷は現在に至るまで、「シブヤ系」「コギャル」「ガングロ」「ゴス」といった女性たちによって依然、引っ張られ続けている。その起点にいるのが、山口はるみの描いた、男たちに対して“遠慮のない”女性たちなのだ。
ただし、西武流通グループが破綻し、渋谷の路上での後ろ盾を失った「彼女たち」は、たとえどんなに目立っても、すでに時代の主役ではなく、次第に「サブカルチャー」の座へと転落していく。そしていま渋谷は、新しい五輪の時代へと向け、駅の直近を中心に、ふたたび新しい大規模開発の波にさらわれつつある。けれども、そのまさに渦中にあるビルの地下で、ひっそりと、しかし、かつて時代を画したものとして、山口の事実上の回顧展と呼んで遜色のない個展が開かれている。そのことは 、とても大きな価値観の変容を物語っているように思う。
なぜか。かつて山口の作品が人目に触れたのは、印刷物やビルボードといった複製文化の一端としてだった。ところがいま、山口の作品は複製ではなく、この世に一点ずつしかない歴史的な原画として、言い換えればアートとして展示されている。サブカルチャーが国家を代表するアートになる…そのような価値観の転倒は、2020年の五輪が開会式を迎える頃には、山口の描く女性たちが世に姿を現したときの衝撃を、はるかに上回る規模になっているかもしれない。(多摩美術大学教授 椹木野衣(さわらぎ・のい)/SANKEI EXPRESS)