食欲を刺激する胃から分泌されて脳に働くという、日本人の研究者が発見したユニークなホルモン、グレリン。一方で、脂肪細胞から分泌されて食欲を抑制するレプチンというホルモンもあります。人間の眉間（みけん）の奥の方に位置する視床下部という脳の部位に食欲の中枢があり、そこに働きかけます。

　視床下部は食欲だけでなく、体温管理や水を飲む量の調節など人間の生命維持を担う大切な働きをしています。レプチンは、１６７個のアミノ酸からなるホルモンです。血液中のレプチン量は、体に蓄えられている脂肪量に比例することが知られています。そのため、レプチンの主な分泌源は脂肪細胞だと考えられています。

　食事量が多く脂肪細胞が増えてレプチン分泌量が増加すると、食欲が低下し余剰な栄養摂取を控えるようになります。こういった体の脂肪量を一定に保つというのは自然な反応です。太り気味になると、脂肪細胞由来のレプチンが増えて食欲が落ちる。太らないためには、なんて良い話でしょう。ところが、一つ落とし穴があります。

　脂肪細胞が多い肥満状態が続くと、脳がレプチンに鈍感になってしまい食欲低下作用が起きにくくなるという点です。「レプチン抵抗性」と呼ばれます。私は「レプチンはやせるためのホルモンではなく、体を一定に保つホルモン」だと個人的に考えています。

　もし、レプチンに脳が過敏に反応し続けてしまったなら、脂肪が体にある限り食欲が低下しつづけてしまいます。やせ過ぎから命が危うくなってしまうことでしょう。内臓脂肪や皮下脂肪が少なすぎると、飢餓状態への備えができません。もし太れるぐらい食事が豊かなら、レプチンに対する脳の感受性を落として体に脂肪を蓄積しておこう…。そういった生命維持の戦略は正しい選択です。

　現代は、飽食の時代となりました。一方で脳や体は、飢餓が繰り返しやってきた時と同じメカニズムを維持しています。肥満は、そのギャップからやってきます。ホルモンのネットワークを理解することに、健康な体を守る鍵が隠されています。（秋葉原駅クリニック院長　大和田潔／ＳＡＮＫＥＩ　ＥＸＰＲＥＳＳ）