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【花緑の「世界はまるで落語」】(36) 何でも面白がってみよう
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いまは亡きカレー屋さん。記念に僕の自画像を楽しく描かせていただきました!(柳家花緑さん撮影) 本日4月4日は大安です! 桜も咲いて新年度もスタートしたおめでたい最初の連載は、去年私が町で遭遇した一番面白かった話です!
それは秋のこと、熊本市内での独演会。昼夜興行の間に弟子を連れて会場からほど近い交通センターの地下にあるカレー屋さんへ行ったときの話。
私は「鶏の空揚げカレー」なるものを注文し、弟子はハンバーグにとんかつ、それに空揚げとパスタがワンプレートに押し込まれたヤング定食みたいなものを頼んだ。しかもセットのご飯を大盛りにした。私の空揚げカレーがとても品良く見えた。
その弟子の名は台所鬼〆(だいどころ・おにしめ)といいまして10人いる弟子の中で一番良く食べます。一番年上です。そして一番弟子です。ある年の元旦、お餅を18コ食べておせち料理もたくさん食べておなかがいっぱいになったから食事を終わらせたのかと思ったら「もう味が単調なので、このへんでごちそうさまです」と言った男!「じゃ、この後、ラーメンなら食べる?」と聞いたら「喜んで!」と満面の笑みを浮かべた男。
そんな鬼〆くんとカレーを食べていると「花緑さんですよね?」お店の女性に声を掛けられました。これは、とてもうれしいことで「はい、今日はそこの市民会館で昼夜でやってるんですよ!」と笑顔で答えました。食べ終わってレジでお金を払っていると「サインいただけますか?」「はい!」これも笑顔で承知をしました。すると油性のマジックを手渡されますが色紙や紙が出てこない。
「ここに描いてください」と指示されたのがお店の壁です。
確かにそういうお店ありますよね、私も以前BARや居酒屋で見たことがあります。お店の雰囲気とマッチすると壁にギッシリと描かれたサインもなかなかいいんですよね。「ああ~、そんな感じで描けばいいのか」と店を改めて見渡すと、どこにも誰のサインも描かれていない。
といって昨日今日できた感じではない店の風情。まさか僕が初めてこの店に来た芸能人ではないだろうと。しかも描いてくれと頼まれた場所はレジのすぐ横、つまり入口入ってすぐの、とても目立つ場所です。
心配して聞きました。「いいんですか?」「えぇいいんです、うちの店は来年3月取り壊しますから」と、こういう話なんです。
もうあまりにも面白いんで熊本の夜の部の独演会ですぐしゃべりました。お客さんも地元でその店知ってる人が多かったようで大爆笑です。そしてもちろん、その後の落語会でもたくさんしゃべらせてもらいました。必ず笑ってくれます。
つまり、この話を高座でしゃべるときに毎回言っているのは、“面白いこと”は自分がこれは“面白い”とレッテルを貼ってみることだと。「もうすぐ取り壊すから描いてくれなんて失礼な話だ!」と言ってもいいんですよ、イライラした話として紹介することもできた。
でも僕は本当に面白くてしようがなかった。だから楽しい話として紹介した。そうして日常を笑い飛ばして生きてゆくと、笑いに敏感になるので普通の人よりも笑いのツボが増える。つまり些細(ささい)なことがおかしくって仕方がない。いつも笑っている人になる。思い方、捉え方一つで目の前の現象はどうにでもなる。
混沌(こんとん)としたこの時代、深刻になり過ぎず、軽やかに笑いながら生きたいなぁと思いますね!(落語家 柳家花緑(やなぎや・かろく)/SANKEI EXPRESS)