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【逍遥の児】ゴッホのように燃えて仕事をした精神科医
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ゴッホのように、燃えて、燃えて仕事をしていきたい。
強烈な信条だ。実践した男がいる。精神科医、式場隆三郎(1898~1965年)。生涯、ゴッホ研究に打ち込み、講演会や企画展を開催した。
いま、千葉県市川市文学ミュージアムで没後50周年記念企画展「炎の人 式場隆三郎-医学と芸術のはざまで」(5月31日まで)が開かれている。
会場には生前、彼が収集した絵画「アルルの跳ね橋」(複製)や「医師ガシェの肖像」(複製)を始め、膨大なゴッホ関連の資料、文献など約250点が展示されている。
新潟県出身。新潟医学専門学校を卒業して精神科医となった。若い頃からゴッホにひかれ、関連書籍を読破。また、武者小路実篤ら白樺派の作家たちと交流を深めていった。
ゴッホの足跡をたどりたい。1929(昭和4)年。シベリア鉄道に乗って欧州に渡った。31歳だった。オランダやフランスなどでゆかりの人々と会い、資料を収集して帰国した。ゴッホの生涯と精神障害を記した労作を刊行した。そして1936年、市川市国府台に精神科病院を建設した。戦後、広大な敷地内にバラ園を整備した。患者の心をなごませようとする画期的な試みだった。このバラ園は今も美しい花を咲かせている。
さて、企画展の会場。孫で精神科医の隆史さん(61)と会った。かっぷくのいい方だ。
――どんなおじいさんでしたか
「とにかく、活動的な人でした。朝早く家を出て、夜遅く帰ってくる。たまに風呂にいれてもらったが、遊んでもらった記憶はありません」
収集した絵画は、自宅2階の書斎や玄関脇に飾っていたという。
式場はまた、放浪の画家、山下清の才能に着目。支援を続けた。
「よく家に遊びに来ていましたよ。夏の日には、パンツ1枚の裸で居間に座り、色紙を制作していた。3匹の魚を何枚も何枚もコピーしたように描く。驚きました」
会場には山下清の作品、式場家の表札と「式場先生」の肖像画も展示されている。味わい深い。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)