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普天間移設 知事と会談、議論平行線 「辺野古は唯一の策」 首相の覚悟
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会談を前に安倍晋三(しんぞう)首相(右)と握手する沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事。ぎこちなさが漂った=2015年4月17日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 安倍晋三首相(60)と翁長雄志(おなが・たけし)沖縄県知事(64)は17日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古移設をめぐり官邸で会談した。首相は「普天間飛行場の一日も早い危険除去はわれわれも沖縄も思いは同じだ。辺野古への移設が唯一の解決策だ」と理解を求めた。これに対し、翁長氏は昨年の県知事選や衆院選の結果に触れ「(移設に)反対の圧倒的な民意が示された」と反対する考えを伝え、会談は平行線に終わった。
首相は、沖縄振興策や基地負担軽減にも言及し「沖縄の未来を作っていく上で、国としても一緒に歩みを進めたい」と述べた。
翁長氏は辺野古の代替施設を「絶対に造らせない」とし、「県民は明確に反対している。オバマ米大統領に伝えてほしい」とも求めた。会談後、記者団に明らかにした。
翁長氏は、政府が1999年に当時の稲嶺恵一知事(81)と岸本建男名護市長(1943~2006年)が辺野古移設の受け入れを表明したと主張していることにも反論。稲嶺氏らが「軍民共用」や「使用期限」を条件にしていたと指摘し、「前提条件がなくなり、(過去に辺野古移設を)受け入れたという認識は間違いだ」と強調した。
菅義偉(すが・よしひで)官房長官(66)は会談後の記者会見で「率直な意見交換を行うことができた」と評価したが、「首相と知事の会談は日程的に難しい。事務的な話し合いも大事だ」と述べ、首相と翁長氏が頻繁に会談するのは困難との認識を示した。首相と翁長氏の会談は、昨年12月の翁長氏の知事就任以来初めて。
≪「辺野古は唯一の策」 首相の覚悟≫
安倍首相は翁長知事の就任から4カ月で会談に応じ、今月28日の日米首脳会談を前に翁長氏との対話に自ら乗り出す姿勢を鮮明にした。一方、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する声を広げる「世論戦」に躍起の翁長氏だが、大きな成果があったとはいいがたいようだ。
首相「お久しぶりです」
翁長氏「改めまして」
会談の冒頭、そう挨拶(あいさつ)を交わした。かつて自民党の沖縄県連会長だった翁長氏の選挙を首相が支援したことを意識したやりとりだったが、会談で溝は埋まらなかった。
政府内には、首相がこの時期に会談することに否定的な見方があった。翁長氏が対決姿勢を軟化させる見込みがなかったからだ。対話をしたという訪米前のアリバイづくりとの批判を反対派から浴びることも避けられない。
それでもなお首相が会談に応じたのは、辺野古移設という日米合意を推進する覚悟を示すことを優先させたためだ。移設が実現しない限り、首脳会談直前に再改定する日米防衛協力の指針(ガイドライン)も絵に描いた餅になりかねない。
そもそも、翁長氏との会談は沖縄戦が終結したとされる6月23日の「慰霊の日」に合わせた首相の訪沖時が候補に挙がっていた。それを前倒ししたのは、日米首脳会談という政治日程に加え、「(翁長氏との)会談に応じなければ冷遇との批判がつきまとい、国民の視線も厳しくなる」(政府高官)との判断もあった。会談を実現して翁長氏の主張に耳を傾け、首相は批判の芽を摘んだわけだ。
一方、翁長氏は辺野古移設を阻止する考えを首相に直接訴えることはできたが、移設反対の世論喚起に向けた最大のカードを切ったともいえる。再会談で同じ主張を繰り返してもインパクトに欠けるためだ。
反対活動の資金を集める基金創設や翁長氏の訪米計画も世論戦の一環だが、成算があるわけではない。岩礁破砕許可と埋め立て承認の取り消し処分を行っても行政不服審査で処分の効力は失われる見通しで、それを不当だと世論に訴えても「公正な判断」という政府の反論に押し返される。
そこで浮上しているのが移設の是非を問う「県民投票」。法的拘束力はないが、来年2月の宜野湾市長選の直前に行い、移設反対に向けた求心力を高めた上で移設容認の現職市長の再選を阻み、「宜野湾市民も辺野古ノー」との世論戦につなげる算段だ。(半沢尚久/SANKEI EXPRESS)