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【花緑の「世界はまるで落語」】(37) 亡き祖父と根多帳で再会

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【花緑の「世界はまるで落語」】(37) 亡き祖父と根多帳で再会

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根多帳に祖父・五代目柳家小さんが書いた達筆な字。まさか厚木市文化会館で再会するとは(柳家花緑さん撮影)

 先日、といっても2月の話。あれはバレンタインデーの日でした。落語協会会長の柳亭市馬師匠、只今人気急上昇中の桃月庵白酒さん、そして私、柳家花緑の三人会が神奈川県厚木市文化会館にて行われました。

 その文化会館での落語会は、以前よく伺った記憶があります。実はここだけの話、落語家は行った場所を忘れることが多い。全国色々な場所へ電車や飛行機で出向き駅からタクシーに乗って会場へ、落語をしゃべって帰宅。あるいは地方ならホテルに泊まり、次の日帰宅。(打ち上げのある場合もありますが)その繰り返しなんです。

 全国に似たようなホールはたくさんあり、よほど特長がないと記憶にとどまらないというのが本音です。でも厚木市文化会館は覚えていました。以前何度かお邪魔しているので、記憶の糸がしっかりつながっていました。

 ああ~久しぶりだなぁという思いで楽屋入り。小ホールは座席数が376席でその日は完売です。ありがたいです。ケータリングには飲み物やお菓子がお弁当の他にたくさん置かれておりました。パッと目についたのがコンビニでも売っている手軽に食べられるチョコレート菓子。僕はすぐにそれに手が伸びました。すると白酒くんが「ああ~やっぱりそれですよねぇ…」という言い方がいかにも共感を含む言い方で面白かった。

 その日はバレンタインデー。普段あまりお目にかかれない上等なチョコをお客さまから頂戴することがある。でも中にはコンビニでいつも買えるチョコの方がおいしかったりする。彼と僕の認識は一致しました。

 私も出ていた、書いた

 すると、そのケータリングの端にこの会場でやっている落語会の根多帳がありました。過去の演目がその時楽屋にいる前座さんによって書かれている記録です。演者はその根多帳を見て、前回誰かが演(や)った演目とは違う演目を当日しゃべります。その根多帳をパッと見て直ぐ分かりました。「寿 根多帳」と書かれた表紙は祖父・五代目柳家小さんの筆です。

 亡くなって13年。今年生誕100年を迎えた師匠の達筆な字に突然出会ってビックリしながらその根多帳を開くと、めくって1枚目に「厚木市文化会館さん江 大入叶 柳家小さん」と書かれておりました。懐かしい師匠の字だー! きっと会館の方が頼んで師匠がサラサラっとしたためたものでしょう。次に出てきたのが第一回小さん・小三治二人会と書かれた記録。これは師匠の字ではありません。でもやはり懐かしい感覚がする。いやむしろ懐かしさは強く感じる。そうです! だってこの第一回の根多帳はまぎれもなく私が書いたものです。

 小三治師匠にほめられた

 平成4(1992)年2月4日。今から23年前です。でも「小緑」という名で出ています。私が小緑と名乗っていたのは二つ目という身分の時。多分楽屋には前座さんがいなかった様子。「小八」は現在の柳家喜多八師匠。「小正楽」は現在の紙切りの三代目林家正楽師匠。そして昨年人間国宝に認定された小三治師匠と師匠小さんです。いい会ですね! これを見て僕はうれしくなりました。

 そして一つの記憶がよみがえります。めったにほめない小三治師匠が「読みやすい字だよ。」と言ってくれたこと。うまいでもきれいでもない。“読みやすい”。僕には最高なほめ言葉でした。小さい時から字の読み書きが苦手で、もちろんきれいにも書けない。字には一つの自信もないんです。だからせめて丁寧に書くことしかできなかった自分に、小三治師匠にそう言ってもらえたことは、どれだけうれしかったことか。

 23年前の根多帳と出会えたことがバレンタインデーに最高なプレゼントに感じました。でもケータリングから手にしたチョコ菓子も、その日おいしくいただきました。(落語家 柳家花緑(やなぎや・かろく)(SANKEI EXPRESS

 ■やなぎや・かろく 1971年、東京都出身。87年、中学卒業後、祖父、五代目柳家小さんへ入門する。前座名は九太郎。89年に二つ目昇進、小緑と改名。94年、戦後最年少の22歳で真打ち昇進、柳家花緑と改名する。古典落語はもとより、劇作家などによる新作落語や話題のニュースを洋服と椅子という現代スタイルで口演する「同時代落語」にも取り組む。ナビゲーターや俳優としても幅広く活躍する。

 【ガイド】

 ■5月中席(5月11~20日) 新宿末廣亭 夜の部 主任。<問い合わせ>(電)03・3351・2974

 ■5月24日(日) 午後3時開演。柳家花緑の落語バレエ「おさよ」 ~バレエ・ジゼルより~。<会場>ティアラこうとう。<問い合わせ>(電)03・5624・3333。

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