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人間が求めた世界共通のテーマ 「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」
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美しいシンプルな形には、さまざまなパワーや意味が込められてきた。それは神秘、象徴、祈り、悟り、法則、繁栄、愛…。先史時代の遺物から現代美術作品まで約130点を展示している「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」(東京・六本木、森美術館)は、世界の人間が追い求めてきたその美しさとパワーを改めて知る展覧会だ。
地球上に出現したときから人間は、太陽の輝きや月の満ち欠けに恐れを抱き、美しさに感動を覚えただろう。オラファー・エリアソン(1967年~)のインスタレーション「丸い虹」は、プリズムや金属の輪を使って、美しい光の輪(虹)を生み出す。刻々と変化する光の輪は日食や月食、天体そのものの運行も思わせ、宇宙的なスケールを感じさせる。
周囲の自然にも、美しい形が満ちあふれていた。「ソリュートレ文化・月桂樹の葉」(ヴォルグ、ソーヌ=エ=ロワール、フランス)は、紀元前2万2000~1万7000年ごろに、両面加工された長さ28.4センチの石器。葉のような同型の小さな石器は実際に槍(やり)の先として使われたが、大きな石器は、狩猟者の俊敏さや優秀さを示すシンボルだったとみられている。すでに2万年も前から人間は、シンプルな形に、特別な意味を持たせていた。
やがて、人間自身もその対象となる。紀元前2700~2300年に大理石で作られた「女性の頭部像」(ケロス島、ギリシャ)は、中央に細長い鼻だけが付けられたシンプルな像だ。だが、顔面の繊細な凹凸や顔の輪郭の優しい曲線が、女らしさを十分に表現している。用途については、地母神や先祖にささげられたか、死者の埋葬に供えられた宗教的な意味合いも考えられている。
シンプルな形は、悟りや心のよりどころとしても意味を持つようになる。禅僧、仙●(=がんだれに圭、1750~1837年)の「円相図」(19世紀)には、○が描かれ、「これく(食)ふ(う)て、御茶まひ(い)れ」と書かれている。○はまんじゅうにも見立てられ、悟りの境地でもある。
欧米では18~19世紀にかけて、科学が発達すると、自然現象を科学的に解明しようという機運が高まった。例えば、結晶学は、物質の結晶化には一定の法則があり、それぞれ美しい形を作ることを理論づける。幾何学の模型も抽象的でシンプルな美しさを広く教え、芸術家たちは刺激を受けた。
航空学のシンボルともいえるプロペラは、空気をつかまえ、飛行機を前進させる。機能そのものといえる形は、シンプルで美しい。1912年、パリで開かれた第4回航空ショーでプロペラを目にした前衛美術家のマルセル・デュシャン(1887~1968年)は「絵画は終わった。このプロペラに勝るものをいったい誰がつくれるか」と話したという。
この言葉にも刺激をうけたコンスタンティン・ブランクーシ(1876~1957年)は、シンプルな形で、飛び立とうとしている鳥を表現した記念碑的な彫刻「空間の鳥」(1926年)を制作。今回、会場に展示されている。
大巻伸嗣(1971年~)の「リミナル・エアー スペース-タイム」は、無限に変化する空気の流れを可視化する“風の彫刻”だ。水平に張られた布状の素材が、床下から送風機で吹き上げる風で形を変え、単純でありながら、千変万化の“複雑な美しさ”をみせる。送風機はコンピューター制御によってパターン化を崩され、同じ風にならないようにセットされている。いわば、「自然の風」を人工的に生み出しているのだ。
今回の展覧会は、フランスのポンピドゥ-・センター・メスからの巡回展だ。しかし、「シンプルなかたち」という、世界共通の広範囲なテーマということもあり、石膏(せっこう)やガラス製など壊れやすいものは巡回せず、展示品の4割程度を、森美術館が集めた。南條史生館長は「いいコラボレーションの形を作った。普通の巡回展とは中身が違う。森美術館の独自の展覧会になった」と話した。
2003年に開館した森美術館は、今回の展覧会開幕の4月25日から、リニューアルオープンした。天井と床を新しくしたほか、スクリーンや映像機器の機能性を高め、ビデオアートなど現代美術に対応しやすくした。さらに部屋割りを換え、所蔵品を見せる部屋、調査やアーカイブ閲覧ができる部屋を設けたという。(原圭介、写真も/SANKEI EXPRESS)