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ガス灯が照らす首都の風情 ドイツ・ベルリン
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シャルロッテンブルク地区の公園前のガス灯。1903年に設置され、六角ランプが5個あるデザインのオリジナルとしてはベルリンに残る唯一のものだ。奥にみえるのは宮殿=2015年5月5日、ドイツ・首都ベルリン(宮下日出男撮影)
ドイツの首都ベルリンは「世界のガス灯の首都」でもある。夜になれば特有の柔らかい灯火が今も多くの街角を照らし、その数は世界に残存するガス灯の多くを占めるという。市は環境対策などのため、電灯との交換を進めているが、東西ドイツ分断の歴史を語る遺産でもあり、ガス灯を守ろうと市民も活発に動いている。
旧西ベルリン地域の閑静なシャルロッテンブルク地区。プロイセン王国時代の宮殿前の公園には散歩したり、談笑したりする市民の光景が広がっていた。夕闇が深まり始めると、付近の通りの街灯には、淡いオレンジ色の、温かみのある光が一つ、また一つとともった。
「この光がとても美しくて、心地いいの」
付近に暮らす女性事務員、インゲボルク・レーツさん(60)はガス灯に照らされた街を散歩することが習慣だ。今では自動的に明かりがつく仕組みだが、かつては作業員が手動で点灯させていたという。幼少期を振り返りながら、レーツさんは「もう50年前の話だけどね」とにっこり笑った。
ベルリン市の資料によると、2015年1月時点で市内には約22万4000基の街灯があり、このうち約3万6000基がガス灯だ。民間団体「ガス灯文化協会」によると、この数は各地の都市で姿を消しつつある世界のガス灯の半数近くを占めるとという。
ベルリンのガス灯には4種類ある。支柱の上に洋なしのような形のランプを備えたタイプが最も多く、他にランプが六角状のものや支柱が弓状に反ったもの、釣り鐘式のものがあり、宮殿前の周辺にはすべての種類が集まっている。
ガス灯がベルリンで初めて導入されたのは1862年で、設置場所は市中心部の主要通りのウンターデンリンデン。第二次世界大戦前のピーク時には市内に8万8000基のガス灯があった。ドイツに留学していた森鴎外(1862~1922年)も小説「舞姫」で、「鉄道馬車の軌道も雪に埋もれ、ブランデンブルゲル門の畔の瓦斯燈は寂しき光を放ちたり…」と記し、ベルリンを離れるときの気持ちを重ねてガス灯を描写した。
ベルリンにこれだけのガス灯が残っているのには、戦後の歴史が深く関わっている。
ガス灯が集中しているのは、東西ドイツ分断時代に「陸の孤島」だった旧西ベルリン地域。電力供給が止められる事態に備えるため、貯蔵した石炭で燃料を確保できるガス灯が重宝されたのだという。
一方、旧東ベルリンでは電灯への切り替えが進み、東西が統一した1990年当時には東ベルリンに残ったガス灯が約1200基だったのに対し、西ベルリンは4万2000基だった。
ただ、「ガス灯の街」もその行方が危ぶまれている。ベルリン市は2012年からガス灯を電灯に切り替える作業を実施。市の環境対策目標の達成がその目的で、コストも大幅に削減できるとしている。計画によると、16年末にはガス灯は約3300基にまで数を減らすことになる。
これに対し、より多くのガス灯を残そうと市民は保存運動に乗り出している。ガス灯文化協会などさまざまな団体も連携を図り、署名活動やイベント、市への働きかけを行う一方、ガス灯を巡るツアーも企画し、観光客らへの周知も図っている。
世界の歴史的建造物の保存活動に取り組む「ワールド・モニュメント財団」(米国)も13年秋、ベルリンのガス灯を「危機に瀕(ひん)する文化遺産」のリストに加えた。ガス灯は19世紀から第二次世界大戦後までの産業遺産であり、大都市の景観を特徴づけるものとする財団は、その多くが残るベルリンは、ガス灯の「最後の砦(とりで)」だと訴えた。
ガス灯文化協会のベルトルト・クヤート代表(55)は「ガス灯は貴重な歴史的遺産だ」とし、「海外を含めた幅広い協力を得て、市に働きかけることが必要だ」と呼びかけている。(ベルリン 宮下日出男、写真も/SANKEI EXPRESS)