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【ソーシャル・イノベーションの現場から】被災地での経験 自分の言葉で伝える 学生ボランティア、チーム「ながぐつ」プロジェクト
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福島県いわき市の久之浜町を見渡せる津守神社で、震災当時の状況を話してくれた地元の男性(右端)と、熱心に耳を傾ける3人の学生ボランティア=2014年5月24日(日本財団提供) 東日本大震災から4年余り。被災地の様子がメディアで取り上げられることもめっきりと減った。しかし、復興の進捗状況や福島第1原発事故による風評被害など、私たちは今の被災地をどれだけ正しく理解しているのだろうか。日本財団学生ボランティアセンター(Gakuvo)では震災以降、チーム「ながぐつ」プロジェクトという学生ボランティア派遣事業を続けている。
Gakuvoは震災直後の2011年4月15日にボランティアの第1陣を派遣。津波によって運ばれた瓦礫や泥の除去などを行う緊急の復旧期を経て、仮説住宅で生活する人たちへのサポートなどを行ってきた。
「ボランティア活動でかかわった現地の人々との交流を通して、震災当時の状況と被災地の現状、人々の思いや願いを知り、感じたことを多くの人に伝えてほしい」との趣旨から、年24回ほどのペースで学生ボランティアを派遣。これまでに100回を超えた。
5月22~25日に行われた第116陣の参加者は3人。「東海地震に備え、危機感を広げ、具体的な対策を考えたい」と参加した大学院生。「これまでも数回、ボランティア活動に参加し、東北とともに進んでいきたいと考えるようになった」という大学4年生。「法律を学ぶなかで、被災地で相続などの問題を抱えながらも相談できない人がいるという事実を知った」と話す大学3年生。この日初めて出会った3人は、課題意識もさまざまだ。
今回は、福島県いわき市の薄磯地区で、ごみ拾い、オリーブの葉摘みや雑草抜きのボランティア活動を行った。これらは単純なボランティアではなく、Gakuvoが、いわき市の復興に取り組む人たちとの交流を意図して計画したものだ。
「ポイ捨て撲滅戦隊拾うんジャー」の室谷和範さんは「大変でしょ。でも大変だって思えばこれから捨てなくなるでしょ」と笑顔で話す。心ない人が捨てるゴミを仕事の合間に拾い続ける一方、津波被害のあった薄磯復興協議委員会の副委員長も務めている。地元を支えるいろいろな立場の人たちから話を聞くこともこのプロジェクトのねらいの一つだ。
被災地の今を知るための視察も多く盛り込まれている。いわき市の久之浜町にある浜風商店街の人たちは、明るく笑顔の絶えない。津波で店舗が流され、現在は小学校の敷地の一部を借りて営業している。「いまだからこうやって話せる」と、震災当時のことを教えてくれた人の言葉に、学生たちは真摯に耳を傾ける。久之浜を一望できる津守神社で、海や陸地の方を指差しながら当時の様子を細かに説明してくれた。工事中の防潮堤、建物の有無で今も感じられる津波の到達地点。現場を目の前にして聞く話に、涙を流す学生もいた。最終日に訪れた福島県富岡町。現在は避難指示解除準備区域となっている富岡駅周辺を歩いた。4日間で感じ考えたことを胸に、地震と津波の爪痕がくっきり残り、原発の影響で人のいない町を、学生はそれぞれ1人で歩き、無言で町を見つめた。
「数年後またいわきに来て、復興が進んだ様子を見てみたい」。3日目の夜の振り返りで学生たちが話した言葉だ。今回参加した3人はプロジェクトを通して、それぞれの課題に対し現時点での解答を導き、新たな課題を見つけた。これから学生たちは自分の言葉で家族や友人にこの経験を伝えていく。その行動がいわき市の人々の努力や願い、風評被害への誤解を解き、いわき市のこれからにつながっていく。
学生だからこそ感じられることがある。将来を担う学生だからこそ知ってほしいことがある。「ながぐつ」プロジェクトは、学生といわき市の人々、震災の今と未来、私たちの現在とこれからをつないでいる。(日本財団 ソーシャルイノベーション本部 鈴木健太郎/SANKEI EXPRESS)