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【安倍政権考】真相は? 拉致問題めぐり「藪の中」の日朝交渉

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【安倍政権考】真相は? 拉致問題めぐり「藪の中」の日朝交渉

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拉致被害者の家族(右側)と面会、救出に向けた決意を表明した安倍晋三(しんぞう)首相(左から2人目)=2015年4月3日、首相官邸(酒巻俊介撮影)  ある男の刺殺体をめぐり、盗人の多襄丸(たじょうまる)、男の妻、巫女(みこ)の口を借りて語る男の霊の三つの証言が完全に食い違う-。芥川龍之介の小説「藪の中」は複数の異なった視点から同一事象を描く。実は安倍晋三政権最大の課題、拉致問題を巡る日朝交渉の実態をほうふつさせる。

 ボタン掛け違いでスタート

 昨年5月、スウェーデンのストックホルムで開かれた日朝外務省局長級協議。その際、合意した文書には拉致問題について「再調査する」との明確な文言はなかった。

 代わりにあったのが「全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施する」。日本側はこれを「再調査」と受け止めた。一方で、北朝鮮は日本政府認定の未帰国拉致被害者12人について、金正日総書記による「8人死亡・4人未入国」の判断を尊重したまま、日本人配偶者・遺骨問題の調査にすり替えることが可能となった。合意文書にはこのような曖昧な表現があるため、政府内では当初から再調査の実効性に疑問符を付ける高官もいたが、外務省が押し切った。

 そうした懸念は杞憂(きゆう)では終わらなかった。「夏の終わりから秋の初め」とされていた初回報告はほごにされた。日朝交渉関係者は「合意文書のボタンの掛け違いが、結果的に交渉を長期戦へと誘った」と振り返る。

 ただ、政府には合意が「藪の中」ぐらい曖昧なものでも、応じなければならない理由があった。

 「交渉窓口をこじ開けるのにどれだけ苦労したことか。これがダメになったら何年もかかる。そこが生命線だ」

 政府高官が昨年10月上旬、日本政府担当者の平壌派遣を決断した理由を苦渋の表情を浮かべ周辺に漏らした。北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使が昨年9月、特別調査委員会の初回報告を先送りした揚げ句、日本政府担当者の平壌派遣を突如、政府に打診。安倍晋三首相は成果が見込めない派遣の是非について決断を迫られ、結局、誘いに応じたのだった。

 山谷担当相と官僚がバトル

 平壌派遣をめぐっては、拉致被害者家族会と山谷(やまたに)えり子拉致問題担当相が成果が得られないとして反対姿勢だったのに対し、官邸と外務省が前向きのまま膠着(こうちゃく)状態が続き、政府内で両者の軋轢(あつれき)を危惧する声が出た。

 10月下旬の派遣までに菅義偉(すが・よしひで)官房長官、山谷氏、岸田文雄外相、党幹部らがひざを交えて激論を繰り広げた。ある政府施設で行われた会合では、家族会の意向を踏まえた山谷氏が平壌派遣に改めて難色を示すと、外務官僚の1人が「山谷大臣が決めることではない」と語気を強める緊迫した場面もあった。拉致問題の担当閣僚に猛然と反論する官僚の姿に参加者らは思わず目を丸くしたほどだ。

 結局、平壌派遣は外務省の強力な後押しで実現することになった。安倍首相も拉致問題を政権の「最重要課題」と位置付けている手前、無碍(むげ)に断るわけにもいかなかった。日本政府は交渉継続という「成果」を得たが、北朝鮮のペースに飲み込まれることも余儀なくされた。

 小説では刺殺した容疑者が誰なのか最後まで明らかにされない。読者は想像を膨らませるしかなく、もやもやした気分に支配される。同様に日朝交渉の進展を期待していた拉致被害者家族の心も晴れない。

 安倍首相は4月3日、家族会メンバーと官邸で面会し、自らをも鼓舞するかのように「全ての拉致被害者が日本の地を踏むことができる結果を出すために、あらゆる手段を尽くす」と決意表明した。今回の交渉が、日朝双方の視点で成り立った曖昧な合意でスタートしたものであっても、首相は「藪の中」から拉致被害者を救出する策を見出す努力を続けるしかない。(政治部 比護義則/SANKEI EXPRESS

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