ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
政治
【沖縄「慰霊の日」】首相「基地負担軽減に全力尽くす」
更新
国立沖縄戦没者墓苑で献花する安倍晋三(しんぞう)首相=2015年6月23日午前、沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園(共同) 日米で20万人超の犠牲者を出した沖縄戦が終結したのは1945年6月23日。70年を経た23日、最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園には、多くの遺族らが訪れ、戦没者名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」に手を合わせた。
公園内で営まれた沖縄全戦没者追悼式(県などの主催)には、安倍晋三首相(60)やキャロライン・ケネディ駐日米大使(57)らが約5400人が参列した。
首相は「沖縄戦で戦場に倒れた御霊、戦禍にあわれ亡くなられた御霊に哀悼の誠をささげます」と弔意を示した上で「引き続き沖縄の基地負担軽減に全力を尽くします」とあいさつした。式終了後、記者団に「米軍普天間飛行場の固定化は断固あってはならない。知事をはじめ県民のみなさまに丁寧に説明していきたい」と語った。
翁長雄志(おなが・たけし)知事(64)は「平和宣言」で、普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対の「民意」が示されたと重ねて強調。政府に移設中止と基地負担軽減を求めた上で「一人一人が積極的に平和を求める強い意志を持つことが重要です」と結んだ。
首相と翁長氏は那覇空港で5分ほど会話しただけ。恒例の昼食会はなく、首相は沖縄県選出の自民党議員らと会食した。
≪「参加する度に涙」 怒号の追悼式、嘆く市民≫
日米で20万人超の犠牲者を出した沖縄戦終結から70年を迎えた23日、平和祈念公園はカラリと晴れ渡った。公園内の仮設テントで営まれた沖縄全戦没者追悼式に出席した安倍晋三首相は神妙な面持ちで哀悼の意を表した。
「先の大戦でここ沖縄の地は国内最大の地上戦の場となりました。平穏な暮らしは修羅の巷(ちまた)と変じ、豊かな海と緑は破壊され、20万人もの尊い命が失われました。全国民とともに、この地に倒れた人々の流した血や涙に思いを致し、胸に迫り来る悲痛の念とともに静かに頭(こうべ)を垂れたい」
時折、「さっさと帰れ」「嘘を言うな」と罵声が飛んだが、あいさつを終えると大きな拍手がわいた。
これに先立ち、登壇した沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事は弔意もそこそこにこう語った。
「そもそも普天間飛行場の固定化は許されず『嫌なら代替案を出しなさい』との考えは到底県民に許容できるものではありません。普天間移設の中止を決断し、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます」
式次第には「平和宣言」とあるが、完全なる政治演説だった。会場の片隅から「そうだ」と合いの手が飛び、拍手がわいた。
追悼式に参列した那覇市の男性(72)は「今日は沖縄で犠牲になった方々を慰霊する日。翁長さんの言いたい気持ちも分かるけど式典で政府批判はいかがなものか。慰霊の日なんだから」とため息をついた。
だが、会場外はもっとひどかった。
「安倍首相来沖反対」「オスプレイ撤去」「不戦誓うこの地を再び軍靴で汚すな!」-。このような慰霊とはほど遠い文言が並ぶプラカードを手にした人たちが午前9時ごろから、公園の入り口付近に続々と集結し始めた。午前10時すぎには約50人となり、シュプレヒコールが始まった。
「安倍は帰れ。慰霊祭に参加するな!」
「辺野古の新基地建設許さないぞ!」
「戦争法案やめろ!」
午前11時10分ごろ、首相を乗せた車列が反対派の目前を通過し、公園に入った。「帰れ!」「おまえの来るところじゃない!」と怒号が飛んだ。
参列者の通行妨害とならぬよう警察官が歩道に設置した柵の内側への移動を促すと一団は叫んだ。
「沖縄の表現の自由を守れ!」「慰霊の日に暴力ふるってよいのか?」
シュプレヒコールをあげた30歳代の男性は東京都出身。「県民の心を踏みにじる安倍政権は許せない」と語った。地元の若者は「あんたらウチナンチュ(沖縄人)じゃないだろ? 政治的なものを持ち込むな」と食ってかかった。
式典会場まで約8.3キロを歩き、犠牲者を追悼する「平和祈願慰霊大行進」(県遺族連合会など主催)に参加した男性(76)はこう嘆いた。
「毎年参加する度に涙が出る思いになる。今日はそういう日なんです。『安倍は来るな』などと叫んで慰霊を邪魔しないでほしい」(SANKEI EXPRESS)