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【大人の時間】「履けるオブジェ」 斬新な世界が広がる 下駄アーティスト 鈴木千恵さん作品展

 赤い王冠の絵をラインストーンで彩り、一見するとウェッジソールのサンダルのように見える。左に般若、右には能面が描かれた一対物も。下駄(げた)アーティスト、鈴木千恵さん(41)の作品だ。履いてしまったらせっかくの絵柄が見えなくなるのが惜しいくらいビビッドな下駄は、履物というよりオブジェのようだ。

 鈴木さんの下駄には大きな特徴がある。鼻緒で絵が部分的に隠れるのを避けるため、かかとをメーンにデザインする。左右一対をキャンバスに見立てて大胆に描くこともあり、時には下駄の側面も使う。絵付けもとてもユニークだ。

 以前見た映画のワンシーンや日常の風景などをモチーフにするが、スケッチなどはあまりせず、描きたいテーマを箇条書きのメモにするという。

 映画をモチーフに

 たとえば、「がしゃどくろ」。好きな浮世絵師、歌川国芳の「相馬の古内裏」に描かれたことで知られるが、どくろを見ておびえている人を描いた“本家”をよそに、鈴木さんはどくろが反物を選んでいるユニークな設定で描いた。作品名もどくろの別名、しゃれこうべをもじって「洒落(しゃれ)こうべ」。

 蜷川実花監督の花魁(おいらん)をテーマにした映画「さくらん」(2007年)の「金魚はビードロの中でしか生きられない…」というせりふにインスパイアされてできたのが「花魁」。重要なモチーフとなる金魚(花魁)が、下駄の側面の丸い穴(遊郭の張見世)からのぞいている斬新なデザインを生み出した。

 1カ月に平均20足を制作。デザインから起こす場合には1足に1カ月かかる。鉛筆で下書きして、銀や黒で輪郭を描いてから着色する「加飾」という技法を用いる。一般の下駄は色を塗るとベタッとした印象になるが、鈴木さんの下駄は着色した後に木目が透けて見えて、透明感があるのが特徴。履ける物とアート作品を作り分ける。

 地元の名人に弟子入り

 昔から塗り下駄の産地として栄えた静岡市に生まれた。子供のころから美術は好きだったが、花瓶や風景など与えられた課題を描くより、好きな画家の絵を模写したり自由な発想で描いたりするのが好きだったという。

 高校卒業後はインテリアの専門学校へ。ファッションに関わる仕事がしたかったことから、靴メーカーに就職し、約3年間、企画やデザインを担当した。

 「会社として請け負ったものでなく、自分の履物を作りたい」。一から靴作りの勉強をしようと、退社して靴作りの学校を探すために渡英した。しかし、ロンドンの町で、靴の高級ブランド店に日本人女性が群がる光景を目の当たりにして違和感を覚えた。「海外で勉強したい自分も“海外”というブランドがほしいだけなのでは」。そして、「日本には昔から下駄がある。下駄で何か面白いものができるのでは」とひらめいた。24歳のときだ。

 下駄職人の展示会に赴き、静岡の郷土工芸品に指定される「駿河塗下駄(するがぬりげた)」の名人、佐野成三郎さんに半ば押しかけ的に弟子入りした。このとき種類や制作工程など下駄に関する知識はほとんどなかったという。ところが、試しに1つ作ってみたところ、子供のころから好きだった「絵を描くことができて、履物も作れる」と、自分の決断が間違っていなかったことを改めて認識することに。

 平日の昼間に仕事をしながら週に1、2回佐野さんの仕事場に通い、下駄作りを学ぶ生活を約6年続けた。それは下積み修業というより、絵付けや塗りなど楽しい作業を中心に行う「カルチャー教室のようだった」と振り返る。

 夢は「ファッションショー」

 転機は2008年に訪れた。作品が世界的デザイナーの森英恵さんの目にとまり、東京・表参道の森さんのオープンギャラリーに展示されたのだ。翌09年には水戸芸術館で開催された「手で創る-森英恵と若いアーティストたち」という企画展に参加。それを機に仕事をやめて下駄作り一本の生活になったという。「サンダルの代わりに洋服で気軽に下駄を履いてもらいたい。それを目指して洋服にも合うデザインを考えています」と鈴木さん。将来は「世界的に有名なファッションショーで私の下駄を使ってもらえたら」。夢は広がる。(田中幸美(さちみ)/SANKEI EXPRESS

 ■「鈴木千恵アートな下駄作品展」 横浜高島屋の7階呉服売り場で7月31日(金)まで、ジェイアール名古屋タカシマヤの10階ゆかたフェスティバルでは7月22日(水)~27日(月)まで開催予定。

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