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夜空に舞う不死鳥と、祈願の白菊 長塚圭史
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花火が始まる前、鯨のような雲が長岡の空を泳いでいました(長塚圭史さん撮影)
東京都渋谷区千駄ケ谷の13階建てマンションの7階の部屋は、玄関を出た共有の廊下からでなければ、神宮球場の花火を眺めることはかなわなかった。
まず花火が打ち上がり始めると、反対側の明治神宮の方向から音がしたような錯覚に陥る。少年の私は、それが大きなマンションからの反響音であることを知りながら、決して花火の見えない方向へ駆け出した。
そっちじゃないよ、と母の声。しかし私は花火の音だけが聞こえる夜空に、花火の木霊(こだま)にひき付けられた。もちろん大輪の咲かぬ夜空は次第に色あせて、いずれ共有の廊下にいそいそと出てゆくのだけれど、そこから見てもどうしたってビルやら何やらで、花火の一部は欠けてしまう。
私は頬づえをついて、むしろやはり音を楽しんだ。日常では決して聞くことのない爆発音は私を興奮させた。背後で木霊が聞こえて来る。ないとわかっていても、前でも後ろでも花火が上がっている光景を夢想するのは面白かった。
前後とは言わないが、目の前を、少なくとも首を左右に振らなければ全容がつかめぬほどの幅で、つまり視界いっぱいの花火というものを経験したのは3年前のことだ。長岡花火(新潟県長岡市)のフェニックスである。中越大震災の翌年に復興祈願花火として打ち上げられたこの大スペクタクルの魅力を語るのは難しい。これほどの規模の花火を私はかつて見たことがなかったし、それこそ少年時代に私が空想した花火なぞ軽々と追い抜いてしまった。幅約3キロの間に15か所の打ち上げ場所が設置され、文字通り不死鳥が夜空を舞うように力強いカノンやユニゾンが繰り広げられる。あまりのスケールと美しさに言葉を失うのだ。
そして音。長岡花火の名物といえば正三尺玉。直径90センチ、重さ300キロという大花火である。打ち上がって開いたその大きさもさることながら、その音がものすごい。大地がずずんと揺れる。花火でよかった。これが街を襲う爆弾であったらたまらない。何を物騒なことをと言うなかれ。長岡の花火には、第二次大戦の長岡空襲で亡くなった方々への慰霊の想いが込められている。そして中越大震災からの復興祈願、世界恒久平和という3つの願い。毎年花火大会のオープニングは、この3つの願いが込められた白菊という3発の10号玉で幕を開ける。数万人の観客がしんと静まり返った中での白菊は胸を打つ。
戦後70年の今年は、8月の15、16日に姉妹都市であるホノルル市の真珠湾で長岡の花火が打ち上げられる。日米両国の戦没者への慰霊と平和のための白菊と、フェニックスである。開戦の火蓋が切られたかの地で、爆弾ではなく花火が打ち上がる喜び。
「全ての爆弾を花火にかえたい」という山下清さんの願いを受けて長岡映画『この空の花』を撮ったのは大林宣彦監督。今年の長岡花火で監督とお会いしたときに、夜空を彩る花火をうれしそうに眺めながら、まるで空襲のような音だろう、とつぶやかれた。このすさまじい破裂音が全て爆弾だとしたらこの町は焼き尽くされる。しかし花火であればこれだけの人々が幸せなひとときを過ごせるのだ。
目を瞑り、耳をすました少年時代の私の瞼(まぶた)の裏には前と後ろにまん丸の花火が大きく打ち上がっていた。現在の私には街を破壊する爆撃が浮かんでくるのだろう。私はできる限りまばたきを堪えて花火を見つめる。
今年の長岡では私と同じような心持ちで花火を見つめた方も多かったろう。3年前に訪れたときとは明らかに違うすごみが信濃川の川辺に確かにあった。この目に見えないような何かがきっと願いというものなんだろうな。なんてことはその時には考えなかったのだけれど、今になるとそういう気もしてくるのだ。
瞳に焼き付くほどに花火を見つめたけれど、ホテルに戻ってのぞいた鏡の向こうの私の瞳の中からは、すでに花火は消えていた。いいや、こうしてこの原稿を書いている、あの花火を思い返しているこの時間はきっと、この瞳に長岡の花火がしっかりと咲いているはずである。(演出家 長塚圭史/SANKEI EXPRESS)