「紅茶の王」セイロン、復権へ新興国で販路拡大 スリランカ、緑茶生産にも挑戦 (1/2ページ)

 「紅茶の王」とも呼ばれるスリランカのセイロン紅茶が誕生して今年で150年。茶園の人手不足や異常気象に悩まされ、2000年代に入ってからアフリカのケニアに輸出首位の座を奪われた。スリランカは幅広い価格帯の多様な品種をそろえ、緑茶の生産拡大にも挑戦。中国やロシアなどの新興国での販売を強化し、盟主復活を目指す。

 中部キャンディ郊外の山中にあるルーレコンデラ茶園。茶の発酵による甘い香りが漂う。1867年、英国人ジェームス・テイラーが初めて茶の商業生産を始めた。1日に約3000キロの茶葉を収穫しているが、従業員のハトゥルシンハさんは「労働者不足で収穫が減り、農園の収入は以前の半分以下」と指摘する。

 関係者によると、2009年の内戦終結後、最大都市コロンボなどで開発が進み、人件費が急騰。茶摘みは少数派タミル人女性らが日収700スリランカルピー(約510円)程度で担ってきたが、発展が著しい都市部に労働力が流出し、各茶園は福利厚生の充実などで引き留めを図っている。

 国連食糧農業機関(FAO)によると、02~04年の世界の紅茶輸出量はスリランカがトップだったが、12~14年はケニアが逆転、24年には独走する見通しだ。「価格の安さでケニアが台頭した」とコロンボ茶貿易者協会のヘマラトネ主事。現地紙によると、近年の異常な雨で茶園に被害が出るなどし、スリランカ茶葉の価格が高止まりしていることも影響している。