発酵に使用する酵母の数や温度を何度も調整する試行錯誤を繰り返し、約4年がかりで追い求める香りを作り出す発酵ノウハウをようやく見つけ出した。
もっとも、商品化に向けた勝負はそこからだった。量産品の缶コーヒーに仕上げるには、独自の発酵技術をコーヒー豆作りに受け入れてくれる農園を新たに確保するという難題が残っていた。
その任を背負って、2005年から中南米や東南アジアで協力農園探しに奔走したのが、プロジェクト立ち上げ時に新入社員として、高橋氏の下に配属された研究開発部の南善清氏。案の定、各地の農園は未知の発酵法に抵抗感を示し、南氏は苦戦を強いられた。
辞書を片手に、発酵の効果を説明しながら農園を渡り歩く日々が続いた。長いときで、コーヒーの実の収穫時期に合わせて約3カ月間も1人で滞在することもあった。運良く理解者と出会えることもあったが、今度は長期間にわたる生産テストの負担から「もう付き合えない」と断られた。発酵させるには完熟したコーヒーの実だけを集める必要があったが、機械による大規模収穫が広がり、未熟な実を含めて収穫してしまう農園がかなりあることも壁になった。