農園が確保できないまま5年が経過し、南氏の焦りは募っていた。当初、ボスが誕生20周年を迎える12年の発売を目標としていた。「こんなに時間をかけたが商品化にこぎつけないのでは」。「やってみなはれ」の本質である「必ず成果を出す」が重圧として、異国の地で南氏にのしかかった。
局面を変えたのは、関係部署の上司からの助言だった。「もっと柔軟に、幅広く探してみろ」。協力を得られる可能性のありそうな農園を口説き落とすことに注力するあまり、狭まってしまっていたパートナー探しの視界が、この一言で大きく広がった。東京本社では、同事業の見直しや打ち切りを検討することもなく、南氏の報告を待っていた。
気持ちも新たに動き出した南氏は、ようやく日系2世のトミオ・フクダ氏が運営する理想的な協力農園をブラジルに得る。同農園は機械による収穫にもかかわらず完熟した実をそろえることができ、何よりもトミオ氏は品質を重視して研究熱心だった。
生産テストを繰り返しながらトミオ氏との信頼を深める中、中南米にも協力拠点を見つけ出し、大規模で安定したコーヒー豆の調達網の確保に、ついにめどが立った。