■監督論を超えた新境地
本書は、評論家川本三郎氏が平成25年から26年にかけて、『新潮45』に連載した成瀬巳喜男論を改題・加筆したものだが、著者の文芸批評活動の成果が巧みに生かされた画期的な映画監督論に仕上がっている。川本氏はこれまで『荷風と東京』『林芙美子の昭和』をはじめ文芸批評の分野でも高い評価を得た本を出版しているが、本書を読むと、日本の近代文学と成瀬映画との深い関わりが垣間見え、興味は尽きない。
とりわけ林芙美子の小説は、「めし」「稲妻」「晩菊」「浮雲」「放浪記」など成瀬監督により多く映画化され、それらの作品分析は林芙美子の文学論とも重なってくるので『林芙美子の昭和』も併せて読むことをお薦めする。その他「流れる」の幸田文、「山の音」の川端康成、「あらくれ」の徳田秋声など有名作家だけでなく、「鰯雲(いわしぐも)」の和田傳のようにあまり知られていない文学者まで幅広く取り上げ、文学と映画の関係を語っているあたりを含めると、一般の映画監督論を超えた新境地を開く論考というべきかもしれない。