□広瀬隆著
■さきがけとなった偉人たち
日本の近代はいつから始まったのか。「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も寝られず」と詠まれた句から受ける印象そのままに、時代の流れに背を向け惰眠をむさぼった揚げ句ペリーの来航に仰天するような幕府を、開明的な維新の志士たちが打ち倒して近代化をはかった…というところだろうか。
しかし、やせた土地にいきなり豊かな実りがあるものだろうか。明治維新でがらっと変わって文明開化というが、実はそれ以前から長きにわたりこの国の津々浦々で、多くの人々が知識見識、技術芸術、学問の畑を耕してきたのである。明治政府の殖産興業の成功も、その豊かな知の地盤があればこそなのだ。だが勝てば官軍。にわかに政治の場に躍り出たものたちは、気の遠くなるような努力を厭(いと)わずに知を積み重ねた人々を歴史の陰に追いやり、その果実はおのれの手柄とした。本書は歴史に忘れられた学者や技術者たちの業績を丹念に掘り起こし、この国の今に続く繁栄の基盤を作った人々に光を当てようとするものである。