翌日、被害のなかった自宅に戻ったが、停電で産湯に入れたのは生後10日目。「寒いときに生まれたからこそ、周りを温かくできる人になってほしい」。優しい感じがする平仮名の名前がつけられた。
おなかにいたさくらちゃんが元気よく動くようになっていた震災3カ月前。「えっちゃんだよね」。自宅に帰るために宮古駅前でバスを待っていた悦子さんに、女性がためらいながら声をかけてきた。
「あなたを産んだ、たえ子です」。生まれたばかりの悦子さんを保育器に残して病院を去った実母だった。心臓が高鳴った。子供がもうすぐ生まれることを伝えると、「女の子だと思うよ」と、おなかを優しくさすってくれた。
「どうして私を置いていったの」。ずっと聞きたかった質問は口にできなかった。その代わり「子供が生まれたら会いにいくね」。約束を交わした。しかし、たえ子さんはその3カ月後、津波にのまれて亡くなった。58歳だった。最初で最後になった再会。悦子さんはショックで母乳が出なくなった。「母がいたらもっといろいろ聞けたのに」。しばしば体調を崩し墓前では涙を流した。