この写真はぼくの古希の祝宴のときに藤本晴美チームが贈ってくれた段ボール・オートバイと、パーシングの『禅とオートバイ修理技術』の取り合わせ。段ボールをみごとに単車に仕立てたのは外山貴洋君(小森康仁さん撮影、松岡正剛事務所提供)【拡大】
【BOOKWARE】
ぼくは二輪も四輪も、むろんパイロット免許もダイビング免許もお菓子づくり免許も、免許という免許はすべてもっていないのだが、オートバイだけには、子供の頃に袈裟を着た坊さんが単車に乗っているのを見たときから、やたらに憧れてきた。ジェームス・ディーンの映像が脳裏に焼き付いたからかもしれない。とくにアラビアのロレンスのオートバイ熱を知ってからは(そしてその最後に乗っていたクラッシュ・オートバイをロンドンのロレンス展で間近に見てからは)、「よし、ぼくも70歳を過ぎたら爺さん暴走族になろう」と思うようになっていた。
オートバイは生と死が「人機一体」となっているところがきわめて精神的であって、また官能的である。縁あって、本田宗一郎、ホンダの設計者たち、レーサーの片山敬済、青春オートバイ派の平井雷太や藤本晴美、大鼓打ちの大倉正之助、ヤマハのデザイナー石山篤といった極上の単車派とも昵懇(じっこん)になって、その生きざまに接することができたのだが、かれらから受けてきた「一途」なものも、あきらかにオートバイがもつ「高速で危険で甘美な宿命」と深く関連しているように思われた。